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夢追い浪人の途中下車

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今ここにいる人:

「神頼みで人捜し」
始まりの町にて2

バーニング・インフェルノ

 ←予測可能回避不可能 →復習


「ほら、夕飯出来たぞ」

 しばらくして、俺は料理をみんなの前に運んでくる。
 ちなみに、サーザは合う椅子が無かったので、アルドラの膝の上だ。
 そうして出てきた料理に、アルドラとアダーラが凍りついていた。

「……あ、あの、スバルさん? これは?」
「そうだな……あえて名づけるならば、アラビアータ・インフェルノだな」

 俺が用意した料理は、ペンネ・アラビアータ。
 しかし、その見た目はインフェルノの名前の通り、地獄の様な赤黒い色だ。
 その香りは過度なほどにスパイシーで、匂いを嗅ぐだけで唾液の過剰分泌が行われる。
 要するに、俺が以前作った悪魔風チキンソテーのアラビアータ版だ。

「いただきます」

 その料理に、スピカが一番に口を付けた。
 よく味わって食べて、ふぅっと一息。

「ふむ……やっぱり、前と同じで見た目ほどではねえのです」

 等と、さらりと言ってのける彼女。
 ほほう、今回はスピカには小悪魔風などと言う小細工は使っていないのだが、これが平気ってことは純粋に辛いものが得意なんだろう。

「うう~……えいっ!」

 その横で、アルドラが意を決したように自分の料理に手をつける。
 彼女はしばらく目を固く瞑って必死に噛んでいたが、しばらくすると呆気に取られた表情を浮かべた。

「あれ~……? あんまり辛くな~い……」
「そりゃあ、今回の冒険の成功の立役者だからな。流石にそんな相手に意地悪はしないさ」
「そっか~……えへへ~、とっても美味しいよ~♪」

 にこにこと笑顔を浮かべて料理を食べ進めるアルドラ。
 よし、アルドラのためにスパイスを調整した甲斐があった。
 ……レッドペッパーを全く使えなかったから、本当に大変だった。
 それを使わんでスパイシーさを出すのは苦労したぞ。

「あ、そうなんですね。じゃあ、私も一口……」

 そんなアルドラの様子を見て、アダーラが自分の料理を口に含む。
 そしてしばらく咀嚼していると、突然口を押さえて立ち上がった。

「ひゃああああああ!? 辛いいいいい!?」

 アダーラは叫びながら水瓶へと一直線に走っていく。
 その突然の行動に、周囲は揃って首をかしげる。
 辛いものが苦手なはずのアルドラが食べられているのに、アダーラがこの反応を示すのが不思議でならないのだ。

「そうですか? じゃあ、ちょっと一口……」

 スピカはそう言うと、アダーラの席まで机を伝って歩き、その前に置かれた皿の中身を食べた。
 よく味わうためによく噛んで……ぴたりと動きが止まった。

「…………」

 しばらく静止した後、近くにあったコップの水をググっと一気に飲み干す。
 そして大きく深呼吸をすると、彼女はこちらを向いた。

「……なんれふか、ほれ?」

 はふ~っ、と辛さでしびれた舌を冷ましながら、目に涙を浮かべてスピカはそう口にする。
 よっぽど辛かったんだろうなぁ、だってそれ、そういう風に作ったんだし。

「アラビアータ・インフェルノ・ジ・アビス。こいつだけ他の奴よりも多くスパイスを使ってるんだ」
「あ~、お仕置き料理だったんだ~……」

 俺の言葉に、アルドラが渇いた笑みを浮かべる。
 そりゃ当然だ。帰ってくるなりスピカに風呂に連れ込まれた俺に、嬉々としてトドメを刺しに来たのだ。
 甘いかもしれないが、スピカは精神が健常と言える状態ではないから大目に見るとしても、アダーラはそうはいかない。
 俺を辱めた報いは、しっかり受けてもらおう。

「……ぷっはあ! は~ぁ! 舌が痛い~!」

 アダーラは水瓶の中に顔を突っ込んでは、息継ぎのために顔を出す。
 ……リアクションは姉以上だな……アルドラは水瓶を傾けてひたすらに飲む感じだったし。

「サーザ様?」

 そんなことを考えていると、少し驚いたようなアルドラの声が聞こえてきた。

「……むぐむぐ……」

 その声の通りにサーザの方を向くと、彼女は何かを食べているようであった。
 一つ気になるのは、彼女がアダーラの席の前に立っていると言うこと。
 恐らく、この女神様は興味本位でアダーラが口にしたジ・アビスを食べたのだろう。
 ……大丈夫なのだろうか? 身体は子供なのだから、辛いものが苦手であっても不思議じゃないんだが……

「……い……」

 そう思っていると、サーザは俯いて震えだした。
 ……何て言ったのかよく聞き取れんな……

「はい?」

 アルドラもよく聞こえなかったのか、サーザの顔を覗き込む。

「全っ然足りないわ! これで地獄の深淵の名を冠するなんて百年早いわ!」

 すると突如として彼女は顔をあげ、ものすごい剣幕でそう叫んだ。
 ……え、ちょっとびっくりなんですけど。
 俺、結構スパイス盛ったのに、これでまだ足りんと言うのですか……?

「お、おう……気に入らなかったのか?」
「そうじゃないわ。味としては上々よ。ただ、ネーミングに文句があっただけよ」

 俺の言葉に、サーザは少し冷静になってそう答えた。
 ほっ……味が不味いって言われてるわけじゃないんだな……単に辛さが足りないだけか。
 そんな感じで胸を撫でおろしているその横で、アルドラが信じられないものを見るようにサーザのことを見ていた。

「あの~……本当に平気なんです?」
「ええ。よく神官達に悪戯でこの手の料理は作ったものよ。美味しそうに食べている私を見て、つられて手を出した神官達が揃って火を噴くのは面白かったわ」

 サーザは少し得意げにそう答えて見せる。
 う~む、サーザは料理出来たのか……
 しかし、悪戯のためと言うことは、その料理は辛いという認識はちゃんとあったのだろう。
 と言うか、好きでないと俺のジ・アビスを食べてあの反応は無いはずだ。

「辛いものが好きなのか?」
「どちらかと言えば好きだけど、やっぱり甘いものの方が好きね。と言う訳で、デザートは何?」
「バニラアイスなんてのを手作りしてみたけど……」

 俺はサーザの質問にそう答える。
 何故バニラアイスなのかと言えば、散々作って一瞬で作る加減は覚えたし、何よりアルドラのリクエストがあったからだ。
 それを聞いて、サーザは満足げにうなずいた。

「上出来よ。さあ、早くデザートが食べたいし、みんなちゃっちゃと食べちゃいなさい!」

 サーザがそう言うと、他の二人も自分の前にある料理を食べ進める。
 ちなみに、アダーラは未だに水瓶の前でひーひー言っている。
 そんな中、何故かサーザはアダーラの席にあった皿を俺のところへと持ってきていた。

「ところでスバル。作ったからには、貴方食べられるんでしょうね?」

 そう言いながら、彼女は俺の前に激辛のそれを置き、俺が軽く口を付けただけの物を取り上げる。
 目の前からは赤唐辛子特有の刺激的な匂いがこれでもかと言うほど立ち込めてきており、口の中に唾液が出る。

「これか? まあ、食えんことは無いだろうけど……」
「じゃあ、それを証明してみなさい? 料理人が、残されるのを前提で料理をしたはずがないわよね?」
「やれやれ」

 挑戦的なサーザの言葉を受けて、俺は皿に置かれていたフォークを手に取りその料理を食べる。
 一口目を食べた直後から口の中が火事になったような熱を持ち、痛みを脳に伝える。
 慣れていない人間であれば、アダーラの様に一発でアウトなレベルであるとは思う。
 これを物足りないとはサーザの辛さに対する耐性は凄まじい。
 しかし彼女の味覚が可笑しいのかと言えば、辛さとは別に味の評価は出来るようなので単純に強いのだろう。
 そんなことを考えている間に、皿の上は空になっていた。

「…………自分で食っても辛いものは辛いな」

 俺はそう言って牛乳を飲む。
 こういった辛い物を食べた後は、水を飲むよりも牛乳を飲んだ方が良い。
 これは我が師匠から教わったことで、唐辛子系の辛味成分であるカプサイシンは脂溶性、つまり油で溶ける性質なので、水を飲むのは効果が無いそうだ。
 アダーラが必死で水を飲んでいるのにあまり落ち着いていないのはそう言うことだ。
 一方で、牛乳にはカゼインというたんぱく質があり、こいつがカプサイシンと反応することによって感じる辛さを抑えることが出来るそうだ。
 ちなみに、ワサビや辛子の辛さは水を飲むことで十分に和らげられるそうだ。
 どうしてそんなことを知っているのかと問いただしたところ、元の世界では栄養学を勉強していたから、とのことだった。
 ……あいつ、本当に料亭でも開かねえかな……健康になれてしかも美味い料亭とか、絶対うけるだろ。
 それはさておき、流石にアダーラも戻って食事を済ませてもらわないとデザートが出せないし、後でアダーラの分も牛乳だしておくか。

「うっそ~……スバル君、食べちゃった~」

 そんな俺の様子を見て、アルドラが唖然とした表情でこちらを見る。
 無理もない。苦手な人間からすれば、どうして食べられるのか不思議に思うことだろうしな。
 俺だって、毒物を平然と食べる大馬鹿者の前では同じ表情をしていたことであろう。
 その横では、サーザが感心した様子でこちらを見て頷いていた。

「流石ね。貴方、修行時代にこういう料理を結構食べさせられたでしょ?」
「辛さの中に混ざっている香辛料を当てる修行だな。ある意味、剣の修行よりも地獄を見たぜ」
「そう。だから、こんなに辛くても他のスパイスとかの味が死んでないのね」
「ちゃんと味見はして作ってあるからな。下手に不味い料理を作ったら、師匠に後で何を言われるか分からん」

 本当にあの時は地獄を見た。
 旅の間、一日三食の内の一回は激辛料理だったからな……
 中に入っている香辛料を当てられないと、次々にお替りが出てくる二重の意味で地獄を見る修行だった。
 そのせいで、スパイスの種類や用途、さらには調合の比率なんかも大分覚えることになった。
 なお、槍ヶ岳にこちらから出題した際の奴の正解率は百パーセントだった。何なんだあいつは。

「はひ~……はひ~……」

 等と思っていると、いつの間にかアダーラが近寄ってきていた。
 呼吸は口の中を必死に冷まそうとしているようであり、目には涙が滲んでいる。
 その足取りはふらついており、ホラー映画に出てくるゾンビのようであった。
 ……流石にやりすぎたか。

「ほら、牛乳だ……おい!?」
「んっく、んっく……はひ~……」

 アダーラに牛乳をコップに注いで渡そうとすると、こいつはあろうことかわざわざ机の上の俺の飲みかけの方を取りやがった。
 また色ボケたか、と思ったが、それにしては余裕が無さすぎる。
 どうやら、今回はあまりに辛さが引いていかないから、とにかく水以外の別のものを飲もうとしただけのことなのだろう。
 一息ついて、アダーラは今度は俺が新しく注いだ牛乳に口をつけ、ようやく収まったのか安堵の息を吐いた。

「はふぅ~……めっちゃ辛かったです……」
「お帰り、良いリアクションだったぜ」
「む~、何ですか、それ……」

 俺の言葉に不満そうにそう言うと、彼女は憂鬱な表情で自分の席を見やる。
 しかし当然ながら、自分の席に料理は無い。
 それを見て、アダーラは首をかしげることになった。

「あれ、私の分は?」
「ああ、あれならスバルが責任を持って食べたわよ。当然でしょ? 食べられないって分かってるものを作ったんだし」

 彼女の質問には俺の代わりにサーザが答えた。
 ふむ……これはあれだな、暗に食べられないものを作った時は全責任を俺に負わせるって言っているな。
 まあ、料理人って言うのはそう言うもんだ。
 自分の料理に責任を持つなんて、当たり前のことだ。
 さてと、アダーラの分を食っちまったことだし、代わりを作るとするか。

「あ~……悪いんだが、今から作ることになる。ちょっと待ってろ」
「いえ、良いです。私はこれで十分です!」

 俺が台所へ行こうとすると、アダーラがそんなことを言う。
 彼女が持っていたのは、俺の食いかけの皿だ。
 まあ、確かにそれで良いって言うんならそれで良い。

「そうかい。んじゃ、サーザがデザートを心待ちにしてるから、早めに食べてくれ」
「分かりました! ん~! 美味しいです!」

 アダーラは皿の置いてあった席に座ると、近くにあったフォークでアラビアータを食べ始めた。
 つまり、俺の席に座って俺が使ってたフォークで俺の食べかけを食べ始めたということだ。
 ……まあ、仕方がないか。自分のフォーク、激辛のソースが付いた状態だし。
 アダーラの分に取っておいたペンネは、後でグラタンにでもしておこう。

(そのグラタン、後でもらうわ)
(まだ食うのかよ……)

 俺の頭の中に、サーザが割り込んできたので返事をする。
 この神様、しょっちゅうお腹空かしてるな。
 見た目通りの食べざかりの子供みたいだ。

(子供じゃあないけどね。やろうと思えば、アーリアルみたいな大人の姿にもなれるわよ)
(けど、基本的には子供の姿なんだろ?)
(まあね。でも、大勢の前に立つ時は大人の姿を取るわ。この姿じゃ、威厳が無いし)

 サーザの声が、少し面倒くさそうに頭の中に響く。
 つまり、この神様はそのあたりの姿を変えられる訳だ。
 真実の神様なのに姿偽るのかよ……

(その認識は違うわ、スバル。この姿も、大人になった私の姿も、どちらも私の姿なのよ。私は見たことを無邪気に話す子供であり、歴史の真実を語る大人でもある。そう信じられているわ。元々の信仰がこれなんだから、子供と大人の間であれば自由に変われるのよ)

 成程、そう言うもんか。
 この話から察するに、人間からの信仰はただ単に力を与えるだけじゃなくて、姿形を変えてしまう様なものもあるらしい。
 サーザのケースが正にそれに当たるのだろう。

(ところで、脳内で会話する意味は?)
(スバルが私に隠れて何か食べようとしていないかチェックしてるのよ)
(流石に食い意地が張り過ぎだ。次のグラタンで最後にしておけ)
(あ、それは良いのね。じゃあ、先にアイスのスプーン出しておくわ)

 そう告げると、サーザはにこにこと可愛らしい笑みを浮かべて棚にあるスプーンを取りに行く。
 神様なのに、本当に良く手伝いをするな。
 普通神様って言うのは、自分が偉いって分かってるからそう言うのは人に任せそうなものなんだが、彼女はそうではないらしい。
 料理も自分で作ったりしていたみたいだし、どうにも普段の行動が神様っぽくない。
 だというのにその力は本物なんだから、神様にも色んな性格の神がいると言うことになるのだろう。
 だって、人間が神になった事例があるってサーザも言ってたしな。
 ……例えば槍ヶ岳が人間を越えて神になったとしても、料理を作るであろうことは目に見えてるし。

「それにしても、神様って意外と人間っぽいんですね」

 アダーラもそのあたりのことに思うことがあったのか、そんなことを口にした。
 料理はもう食べ終わっていて、彼女は今洗い物をしている。
 仕事柄、食事を済ませる時間はあまりないのだろう、かなりの早食いだ。

「そんなの当たり前じゃない。いくら力があるからと言っても、元になっているのは人間よ? それに、話の通じない神には信仰なんて集まらないわよ。だって、それは神様を信仰するんじゃなくて神様の力を信仰することになるんだから」

 そんな彼女に、サーザはそう言って答えを返す。
 まあ、確かにな。元の世界でも、人間が信仰していた神様は大体が人間の姿形をしていた訳だし。
 ギリシャ神話に至っては人間臭い神様ばっかり出てくるし、最高神のエロ親父に至っては浮気性で大体奥さんがカンカンに怒っている。
 アーリアルも見た目はともかく性格は人間っぽいし、この世界の神も似たようなものなのだろう。
 それはさておき、サーザはこれからどうするのか聞いておかなければいけないな。

「そういえば、サーザはこれからどうするんだ?」
「しばらくはアルドラについて回るわ。力の回復にはスバルの方が良いけど、貴方は他の神様に何を言われるか分からないしね」
「……どういうことですか? 何でスバルが他の神様に関係するんですか?」
「スバルにはアーリアルの強い加護もあるわ。スバルにくっついて、彼女に文句を言われるのは拙いものね。その点、アルドラは元々どの神様も特に踏み込んで信仰していなかったから」

 俺の質問に答えた後に、スピカの質問にも答えるサーザ。
 現状協力はしてもらえてるとはいえ、妙な言い方をすれば使徒である俺はアーリアルの所有物ってことになる訳だ。
 おまけに俺自身は神様なら誰もが欲しがるような面倒な体質だ、他の神様だって俺のことを見ていると思った方が良い。
 サーザの今の立場を考えると、自分の従者をほっぽりだして俺について回るのはやめた方が良いだろうな。

「それにしても……ふふっ、なかなかに面白いことになってるじゃない、スバル」

 そう思っていると、サーザが突然そんなことを言い出した。
 ……この状態でサーザが面白がりそうなことなんて、一つしかあるまい。

「へいへい、何が言いたいのかは大体分かってるよ」

 どうせ、ここの女子三人が俺に好意を持っている件についてだろ。
 生憎と、俺にはまだまだやることもあるし、いずれは旅に出なければならない。
 旅をするのに誰かを守りながらなんて言うのは正直厳しいからな。
 そう思っていると、サーザは興味深げにうなずいた。

「成程ねえ。気づいていても、応えられない、か。罪な男よね、貴方」
「さて、ね。俺としちゃ、この町に居る間にやることが全部終われば問題ないんだ。まあ、それがいつ終わるかなんて、分かりはしないんだけどな」
「ふ~ん……」

 俺の返答に、サーザは少し考えるそぶりを見せる。
 そして、ため息をひとつついた後でにやりと笑った。

「終わると良いわね。じゃないと、本当にそのうち後からぐっさり刺されるわよ?」
「……物騒なこと言うんじゃねえの」

 本当に冗談じゃない。
 そんなレベルのヤンデレがそこらに居てたまるかっての。
 第一、この三人なら少なくともそんなことにはなったりはしないだろう。

「あら、この町での貴方の活躍なら、私知ってるのよ? まさか、この三人だけで終わるなんて勝手に思ってないでしょうね?」

 と思っていると、サーザはそんな不穏なことを口にする。
 その言葉を聞いて、他の三人は唸りをあげた。

「冗談抜きで増えそうなのが何とも言えないですね……私の同僚の間でも、ファン増えてますし」
「役所でも話題になってるんですよ? スバルは気付いてねえかも知れねえですけど、私を迎えに来るスバルを見ようと待ってる連中も居ますし」
「それは私も否定しないな~ ギルドでも~、スバル君に向けられる視線は凄かったし~ 冒険者だけじゃなくて~、受付の女の子とかもね~」

 ……うん、知ってた。
 だって、町中歩いてたら視線感じまくるんだもの。
 理解できないのは、いくら俺が一人でAランクを狩るとはいえ、それと同レベルのことを出来る奴がいないわけではないのに、どういう訳だか俺は特に注目されていると言う部分だ。
 実際、リカルドだって一試合しかしていないが、話題をさらっていくには十分な実力があったはず。
 だと言うのに、その話題で俺の話が隠れた気はしない。
 一過性のものだと思っていたのだが、どういう訳かそうはなっていないのだ。
 いや、どういう訳かもくそも、闘技場での戦いが原因なのに闘技場に通い続けてたらそうなるか。
 問題なのは、他にも同じことが出来る奴が居るのに何で俺だけなのかってことだ。
 マジ面倒くせえ。

「はぁ……どうしてこんなにモテるようになっちゃったのよ、俺……」
「う~ん……闘技場での戦いを見てると~、こうなっちゃっても不思議じゃないけどな~」
「はぁ?」

 俺のつぶやきに、アルドラがそう答える。
 だからさ、それが理解できないんだって。
 そう思っていると、アルドラが続けて口を開いた。

「確かにスバル君より強い人は何人かいるけど~、スバル君みたいな魅せる戦い方はしてないんだよね~」
「そうですね。前にも言いましたけど、スバルさんの戦い方は曲芸みたいなんです。見ていて気持ち良いですし、最後は劇的な決め方をするから格好よく見えるんですよ」

 アルドラに続いて、アダーラもそう注釈を加える。
 あれが曲芸ねえ。
 そりゃあ、相手の攻撃を決められた回数避けてからとか、仕留める時は相手の眼やら口の中を狙うとか色々やってますがね。
 剣で戦うときだって、相手の武器に自分の剣を当てないとか、カウンターでしか攻撃しないとかそう言った縛りで訓練している。
 もちろん観客への見栄えとかそんなものは考えていない。
 回避の練習や、極限状態でも正確に狙いを定められるように訓練しているだけに過ぎないのだが。
 そんな俺の戦い方を思い出して、アダーラが首をかしげた。

「でも、何でそんな戦い方をしてるんです? 何と言うか、あの時はやってたのに、今回はやってないって言うのが結構ある気がするんですけど?」
「闘技場で普通に戦ってもあんまり意味は無いからな。せっかく負けても死なないようになってるんだし、普通なら出来ない戦い方を練習するチャンスじゃないか。あれ、全部意味があってやってるんだぞ?」

 本当に、何で他の奴らがこれをやらないのかが分からない。
 ひたすらに強い奴と戦い続けて力をつけるのもありだが、それでは未知の自分より強大な相手と戦った時にどうにもならなくなるし、そもそも闘技場での戦いは本番ではあまり当てにならん。
 じゃあなんで俺が闘技場に通い続けているのかと言えば、戦術の工夫や精神鍛錬のウエイトが多くを占めるのだ。
 闘技場は何もない平坦な地形、つまり隠れる場所もなく最初から相手に見つかっている状態だ。
 そうなると罠なんて仕掛ける時間は無いし、純粋に自分の腕だけで戦うことになる。
 いくら死なないと言っても攻撃を食らえば死ぬほど痛いのだから、その緊張感はかなりの物だ。
 その中で焦らずに相手の攻撃を躱せるか、正確に相手の弱点を狙えるか。
 失敗したら死ぬその練習だけは、実戦ではほぼ出来ないのだ。
 それが出来る槍ヶ岳将志という男は、それほどの頂に立っていると言うこと。
 そんなあいつが未だにその訓練をしていると言うことは、どこまで強くなっても通用する訓練だと言うことでもあるのだ。
 もっとも、今はまだ死なないって分かってるから出来ると言う程度だから、実戦で出来るかどうかは分からない。
 でも、練習しないよりははるかにマシなはずだ。 
 もし上手くいかなくとも身体能力は伸びるし、どういった戦い方が自分に向いているのかを知らないと実戦で困る。
 相手を知る前に、自分のことをよく知らなければ戦術の組み立て方も分からんからな。
 そんな俺の主張を聞いて、アルドラが頷いた。

「そっか~ その練習をしたいからギルドでの依頼はあんまり受けないで闘技場に通ってるんだね~」
「ですねえ。スバル、暇さえあれば闘技場に行ってますし」
「お昼に闘技場に行くと、大体スバルさんの名前が名簿にありますね。ここまで通い詰める人ってあんまり居ないですよ?」
「今のところ金に余裕はあるからな。今は少しでも強くならないといけないし、まだまだ実戦慣れもしていない。自分で納得がいくくらい強くなってから、ゆっくりと実戦になれるようにするさ」

 各々の言葉を聞いて、俺はそう答えを返す。
 正直なところ、実戦慣れしていないと言うのは嘘だとは思う。
 何しろ、実戦という意味では師匠の元で普通なら出来ないような実戦訓練を死ぬほど積まされた。
 現に、この前にアルドラと行ったオーク退治は危なげなく完遂出来た。
 もしかしたら、もう一人旅をするのには十分な力を俺は持っているのかもしれない。
 だが、槍ヶ岳将志の存在を知っている以上、俺はまだ一人旅をする気にはなれない。
 彼があの強さを持っていると言うことは、あれと同等の強さを持つ敵が俺の前に立つ可能性がゼロではないと言うことだからだ。
 杞憂かもしれないが、もしその時になって後悔はしたくない。
 だから、俺はまだ強くなるために努力しよう。
 やるだけはやった、死ぬ時はせめてそれだけは言いたいからな。
 俺が改めて決意を固めていると、アルドラがにこやかに笑って話しかけてきた。

「でも~、スバル君はそれでモテるのが嫌なんだよね~」
「ああ。前にも言ったが、話してもない人間に勝手に好きになられても恐怖しか感じん」

 こればっかりはどっか別の誰かに行ってくれと心の底から思う。
 俺は目の前にいきなり大金を積まれても、それがどうして目の前に置かれるのかを疑いまくる小心者なんでね。
 ましてや、ただモテても一銭の得にもならんし。
 そう思っていると、今まで黙って聞いていたサーザから特大のため息が聞こえてきた。

「人間不信、ここに極まれりね。モテたいと思ってる人間が必死になってるのに、スバルはそれが面倒通りこして恐怖すら感じてるんだもの」
「だって本気で怖いからな。自分の預かり知らぬところで何かが起きかねん状況って、下手をすると本当に抹殺されかねん」
「……相変わらずウルトラネガティブな思考ですね」
「あはは~……好意を向けられてるのにこれだもんね~……」
「その好意の影には絶対に誰かの嫉妬があるからな。はっきり言って、お前らだってその矢面に立ちかねないんだぞ? 流石に、俺だって自分の知らんところで何かされたら防ぎきれないんだからな」

 サーザに続く俺の言葉に、スピカとアルドラも揃ってため息をつく。
 それに対して、俺は自分の考えが真っ当であることを説明する。
 すると、何故かアダーラの顔がぱぁっとキラキラした笑顔に変わった。

「わぁ……それ、何かあったら私達を守ってくれるってことですよね!?」
「守らなきゃしょうがないだろ。俺だって仲良くしてる人間の危機を、黙って見過ごすほど腐っちゃないからな」

 夢見がちなアダーラに、俺はそう返した。
 すると今度は、何かおかしかったのか、スピカがくすくすと笑いだした。 

「くすくす……その言葉、スバルの言うアオウって人が正に言いそうな台詞ですよね」
「あ~、分かる~ その子、もの凄い天然誑しなんだよね~」
「げ……マジか……」

 スピカとアルドラの言葉に、俺の顔が引きつるのを感じる。
 マジで勘弁してほしい。
 あれと同じ立場になったら、俺は本当に死んでしまう。
 それこそ冗談抜きで風間みたいな魔王が現れて、後ろから首だか心臓だかをサクッとやられかねん。
 いかん、奴らに絡み過ぎて気づかんうちに俺まで影響されてたのか?
 だとしたら、これはゆゆしき事態だ。
 あの天然誑しの修羅場製造器と同等になってしまったら、それこそ勇夢を探すどころの騒ぎじゃなくなってしまう。

「え、え? 一体何の話ですか?」

 そうやって俺が混乱していると、アダーラが更に困惑した様子できょろきょろとしていた。
 その様子に俺と俺の事情を知っている連中が顔を見合わせた。

「……そう言えば、アダーラにはまだ話してないんだっけか?」
「あら。スバル、それ話しちゃうの?」
「スピカの世話を任せている以上、俺の事情を少しは知ってもらわないといけないからな」

 ちょこんと首をかしげるサーザに、俺はそう告げる。
 最初はアダーラのことを警戒していたが、アルドラと出かけていた間にちゃんと留守を守ってくれていた訳だし、一定の信用は出来る。
 なら、俺の詳しい事情を少し話しておかなければならない。
 何しろ、俺の存在自体が厄介事の種だからな。
 それを聞いて、サーザも納得したのか頷いた。

「そう。まあ、私も貴方がそれについてどう思ってるのか貴方の口から聞きたかったことだし、話してもらえるかしら?」
「ああ。実はな……」

 サーザに促されて、俺は自分の身の上を話し始めた。
 もちろん、カーラとウィズに関しては伏せてあるし、槍ヶ岳のこともボーラに関してもぼかしてある。
 俺が迷い人であること、人を探していること、何故今のように強くなったのかと言うこと。
 それと、みんなが話していた元の世界での俺とその周りのこと。
 俺が喋ったのはそれくらいのことだ。
 それを聞くと、アダーラは深く頷いた。

「そうですか……スバルさん、迷い人だったんですね……」
「本当はあまり知られたくないことなんだけどな。迷い人ってだけで大迷惑を被ることだってあった訳だし。この点に関しては下手するとここに居る全員を巻き込む可能性もあるだろうな」
「いえいえ、この町なら盗賊だって簡単には攻め込めないですし、第一スバルさん自身が何とか出来ちゃうんで大丈夫ですよ」
「あんまり俺を過信するなよ、アダーラ。俺は世界最強って訳じゃないんだ。俺より強い盗賊が出てきたって、全く不思議じゃない」
「……前から思ってたんだけど~……何でスバル君は一人で頑張るの~? 今の言葉~、一人で何とかしようとしてるように聞こえたよ~?」

 俺がアダーラと話をしていると、横からアルドラがそう口をはさんできた。
 それに対して、俺はアルドラに向き直る。

「そりゃ、自分で考えた結果だ。仲間を探そうにも、俺が特殊すぎてな。少なくともこの町には俺に合わせられる奴が居なかったんだよ」
「じゃあ~、私じゃダメなの~?」
「駄目って訳じゃないが、アルドラにはアルドラの事情もあるだろ。俺の目的を考えると、最後まで一緒に居られそうには無いからな」
「それじゃ~……アダーラちゃんを育てるのは~?」

 アルドラの言葉を聞いて、俺の頭は一瞬思考を停止した。
 ……なんですと?

「は?」
「私としても願ったり叶ったりなんだ~ アダーラちゃんが自分の身を守るにしても~、何か覚えてたほうが良いし~……」
「だが、アダーラはこの手のことは今まで何もしてこなかったんじゃないのか?」
「遅くは無いと思うわよ? だって、アダーラはスバルと同い年だし。スバルに出来るんなら、アダーラだってそれなりには出来るようになるはずよ」
「えっ、同い年なのか?」
「はい、私も十七歳ですよ?」

 ここでサーザによって明かされる衝撃の事実。
 え、時折色ボケはするがこんなにしっかりしていて家事全般パーフェクトなアダーラが俺と同い年?
 ……マジか。

「……ごめん、正直年上だと思ってた」
「お互い様ですよ。私だって、最初スバルさんは年上だと思ってたんですから」

 俺が正直に謝ると、アダーラは苦笑いでそう返した。
 どうやら怒らせないですんだらしい。
 俺は内心それにホッとしながら、彼女に再び話しかけた。

「そうか……それで、今まで何かやってきたことはあるか?」
「姉さんのそばに居ましたから、魔法が少し使えますね。でも、本当に護身レベルですから……」

 アダーラは少し言いにくそうにそう口にする。
 ふむ……どうやら優秀な姉の魔法を見てきたもんだから、自分の魔法に自信が無い様子。
 しかしあのアルドラの妹だ、護身レベルの物だと思っているのは本人だけと言う可能性もある。
 これは実際に見て見ないと分からんな。

「護身レベルかどうか判断するのは俺がやる。どうにも、アルドラのレベルを見る限り、護身で済まなくなっている可能性があるからな」
「え、見てくれるんですか?」
「正直に言って、出来るんならやっておいた方が良いと思う。これから先、スピカのことを任せることもあるだろうし、少しでも身を守れるって言うのなら俺も安心できるからな」
「……そうですね。それが良いと思います」

 キョトンとしているアダーラに俺が答え、続けてスピカもそれに同意した。
 するとアダーラは更に困惑した様子で、俺に話しかけた。

「ええっと、それは嬉しいんですけど……スバルさん、てっきり断ってくると思ったんですけど、何でですか?」
「俺としてもあんまり考えたくないことなんだがな、その理由は俺にあるんだよ」
「そ~そ~ スバル君だけじゃなくて、私もね~」
「え? え? 姉さんも?」

 俺とアルドラの言葉に、アダーラの頭の中はさらに混乱を強めた様子。
 何やら首をかしげてウンウン唸ってますよ、この人。
 そんな彼女に、スピカが特大のため息をついた。

「はぁ……いくらなんでもお気楽過ぎです。ついさっきスバルが言ったばかりじゃねえですか。スバルもアルドラも、この町で指折りの実力者で、二人とも有名人です。おおむね好意的な反応が多いですが、当然二人のことを疎ましく思っている人だっているはずです。そんな二人にとって、私やアダーラが泣き所になるって気づいてましたか?」
「あ……」

 スピカの説明を受けて、アダーラはハッとした様子で固まった。
 ようやく、ここにきて事の重大さを把握した模様だ。
 恥ずかしそうに身を小さくする彼女を見て、思わず苦笑いが出そうになるのを堪えながら俺は話しかけた。

「とまあ、そう言う訳だ。今回俺達は遺跡の調査に出たが、そのあたりの手配はアルドラがやってたんだぞ?」
「そ~だよ~ 少しギルドの方に根回しして~、この辺りを警備してもらってたんだよ~」
「そうだったんですか……」

 俺達の説明を聞いて、その間に食べ終えていたアダーラはそう言って俯いた。
 まあ無理もない、普通ならこんなこと気にすることなんてないんだからな。
 俺やアルドラだってこんな苦労は無い方が良いに決まっているが、有名になってしまった以上注意しておかなければ仕方が無い。
 アルドラも流石にそのあたりのことは前から考えていたのか、俺が提案した時にはもう根回し済みだった。
 それをアダーラに伝えていなかったのは、アルドラが抜けていたのか、妹のことを考えていたのかは定かでは無いが。

「だから、身を守れる程度にはなってくれると俺も助かるんだ。それに成長次第じゃ、アルドラや俺の代わりに動いてもらうこともあるかもな」

 俯くアダーラに、俺はそう話した。
 俺が育てるってことは、俺の動きや考え方が分かると言うこと。
 つまり、俺と一緒に冒険が出来ると言うことでもある。
 俺としても一人で出来ることには限界はあることだし、サポーターが出来るに越したことは無い。
 正直、上手く教えられるかどうかは全く自信が無いが、やってみないことには話は進まない。
 その話をすると、アダーラは弾かれたように顔を上げた。

「そ、それって、スバルさんと一緒に冒険できるかもしれないってことですか?」

 顔を上げたアダーラの目は、キラキラと光り輝いていた。
 俺は思わず苦笑いが出るのを押さえながら、口を開く。

「そう言うこった。まあ、そうなるかどうかはアダーラ次第ってとこだけどな」
「やります! 全力で強くなります!」

 アダーラは俺の言葉に食い気味にそう返事をした。
 ……さっすが色ボケ娘、あっさりと釣れる。
 ワタクシ、この子が変な男に引っ掛からないかが非常に心配です。
 いや、現状既に俺に引っ掛かっている時点でかなりアウトな気もしますが。

「分かった。それじゃあ、しばらくはアダーラの特訓だな」
「お願いね~ 私は論文書かなきゃだから~」
「それじゃあ、私はスピカのそばに居るわね。アルドラの手伝いは離れてても出来るし」
「ああ、頼んだぞ」

 サーザはそう言いながら、席を立つ。
 ふむ、アルドラが論文を作って、スピカの世話はサーザがするのか。
 サーザの力は戻ってなくとも、俺やアルドラに連絡する手段はあるのだろう。
 この最高神お手伝い大好きすぎるだろとか色々と言いたいことはあるが、引き受けてくれるのなら素直にお願いするとしよう。

「それで、いつから始めるんですか?」
「差し当たっては、一週間後からだな。俺の方にも用事があるし、何を教えるのか少し考える必要があるからな」
「一週間後ですね。分かりました!」

 俺の言葉に、アダーラは嬉しそうにそう言って頷いた。
 ……さてと、明日からまた忙しくなるな。

「アイス持ってきたわよ! さ、早く食べましょ!」

 そう思っていると、サーザがアイスクリームの皿とスプーンの載ったトレーを持ってこっちにやってきた。
 黄味がかった白いアイスクリームが見栄え良く小皿に盛られ、その皿には持ち手にそれぞれ赤青緑黄白の石の飾りがついたスプーンが添えられている。
 アダーラが食べ終わっているのを見て、待ち切れずに自分で持って来たのだろう。
 ちなみに、アイス自体は前もって作って俺特製の氷の箱にしまっておいたし、少し溶けることも見越して固めに作ってあったからちょうど良いくらいになっている。
 今くらいなら、程良く溶けて柔らかくなっていることだろうし、気を利かせて取り分けてくれたようだ。
 彼女はスプーンを載せたアイスの皿を、一人一人に配っていく。
 この神様、本当にこういうお手伝いに抵抗ないな……アイスの盛り方もとても綺麗だし、普段からこういうことをしていたのだろうか?
 まあ良い、溶ける前に食べるとしよう。
 そう思って、俺は皿の上の緑の石の飾りのついたスプーンを手に取り、アイスを食べ始めた。

「あっ……」

 俺がアイスを一口食べると、アダーラが何故か反応した。
 どうかしたのか、と思っていると、突然口の中が猛烈に膨らみだした。

「ふおおおおおおお!」

 咄嗟に下を向き、口の中から溢れる暴風を床に向けて噴き出す。
 おかげで床は俺が口に含んだアイスでべたべたになってしまった。
 咥えていたスプーンもその風で吹き飛ばされ、遠くに転がっている。
 い、いったい何が起きたんだ……?

「ご、ごめんなさい、スバルさん! それ仕掛けたの私です!」

 俺の様子を見て、アダーラは突然謝り始めた。
 ど、どうなってるんだ……アイスには特に何もしかけていないし、スプーンだって特に変わったところは無かったぞ……?

「凄いわね、これ。スプーンの磨き傷に、さりげなく魔法陣が仕込んであるわね、これ」

 その声の方に目を向けると、サーザが俺が咥えていたスプーンを拾ってじっと眺めていた。
 近くに寄って見てみると、確かにそのスプーンには薄っすらと渦を描くように傷が入っている。
 おそらく、これが魔法陣だったのだろう。
 口にくわえた瞬間に発動するように仕掛けておけば、先程の俺の様なことが起きるという訳だ。
 ……成程ね、アダーラが魔法を使えるというのは嘘では無いらしい。
 悪戯とはいえ、見えていても魔法陣があるとは思わせなかったというこの技術は見事なものだ。
 だが、それはそれ、これはこれだ。

「……アダーラ?」
「えっと……本当はそれ、姉さんに仕掛けるつもりだったんですけど……」
「ええ~っ!?」

 俺が問いただすと、アダーラは気まずそうに目をそらしながらそう答え、アルドラがそれに反応する。
 つまり、アダーラは本来自分でこのアイスを持ってくるつもりだったのだろう。
 アルドラが俺にデザートを頼むであろうことは予想できるだろうし、それくらいの仕込みをする時間はあったはずだ。
 しかしサーザが配膳をしたことによって計画が狂い、そのスプーンが俺のところにやってきたという訳だ。
 即座に気付けたのは、緑色の石の飾りを目印にしていたからであろう。

「で、理由はあれか? アルドラが俺を襲ったって話を聞いたからか?」
「はい……流石に身内が犯罪者になるところだったって言うのは、ちょっと……」
「風呂に乱入してきた時点でお前も似たようなもんだ、バカタレ」
「あうっ!?」

 理由を話すアダーラに、俺は拳骨を落とす。
 全く、俺の尊厳を木っ端微塵にしておいてどの口が言うか。
 それはさておき、もう一人問いたださなければならん奴が居るよな?

「で、サーザ。アンタ、これ知ってて俺のところに持ってきただろ?」
「ええ。なかなかに傑作な光景だったわよ?」

 質問に対して、サーザはニヤニヤと笑いながら俺にそう返した。
 人の心が読める彼女なら、アダーラのこの仕掛けはお見通しだったはずだ。
 だというのに、それを知りつつ俺のところにそれを持ってきたということは、これは明らかな確信犯だ。

「……何でこんなことをした?」
「貴方がむっつりむっつり言うからよ。べ~っ、だ」

 彼女はそう言いながら、悪戯っ子のように笑いながら舌を出した。
 ……いや、実際やってることは子供みたいな悪戯ですけどね。
 正直、呆れてものも言えん。
 まあいいさ、とりあえずさっさと食べて、明日からの準備をしよう。


* * * * *

 スバル君お料理地獄。
 今回の激辛料理の被害者はアダーラさんでした。
 あの料理妖怪からの知識をフル活用して作った、旨辛激辛料理です。
 しかし、サーザさんには通用しなかった模様。

 あの姉にしてこの妹あり、アダーラさんの魔法初お披露目です。
 彼女の魔法は護身用がメインとなっており、気づかれないように魔法を使うのが得意です。
 このあたりのことは今度書くことにします。

 そして思ったよりも洒落になっていないスバル君達の身の回りの環境。
 スバルとアルドラと言う名の知れた実力者にとって、スピカとアダーラは狙われると拙い存在です。
 そう言う訳で、だったら狙われても大丈夫なようにしてしまおうというのが最後のお話。
 スバル君、アルドラさんと一緒にアダーラさんを特訓することに相成りましたとさ。

 では、ご意見ご感想お待ちしております。
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はぇースバルくんの激辛料理食ってみたいなぁ(蒙古タンメン中本感)たぶん想像より数倍辛いんだろうけど
アダーラは鍛えたらどうなるんじゃろ...気になりますな...
確かに強いヤツを相手にするなら弱点を狙いますね。そこを補強するのはいい考えですがそれ以上が敵となると…って考えると困りますな...
今回もお疲れ様でしたー

NoTitle 

>乙さん
スバル君の激辛料理は辛さに弱い人なら舌が麻痺するレベルです。
アダーラを鍛えたらどうなるか、それはまた今度の話ですね。
ちなみに、スバル君もアルドラさんも、鍛えたアダーラが敵に勝つということはあまり想定していません。
それよりも、少しでも長く生き延びて、自分達の助けを得られるようにするというのが第一目標ですので。
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