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夢追い浪人の途中下車

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今ここにいる人:

「神頼みで人捜し」
始まりの町にて2

復習

 ←バーニング・インフェルノ →はーとあたっく・ぶれいく

 アダーラに教えることが決まった翌日、俺はいつもの闘技場に来ていた。
 何せ、人に教える云々の前に俺自身がまだ師匠に教えられたことを出来てないからな。
 あいつに教わったことを、一度再確認する必要がある。
 ……ここに来るに当たってスピカが相当にごねたが、その埋め合わせは今度すると言って宥めておいた。
 そもそも、あいつ今日仕事だし。
 俺は闘技場の控室での待ち時間を利用して、修行中に書きとめていたノートを開いた。

「う~ん……」

 武器の扱い方に関しては使わないものに関しても一応は我が師匠から知識として習っている。
 それを扱えなくても、知識があればその対処法は考えることが出来るからな。
 まあ、どの武器にするかなんて言うのは俺としてはそこまで深く考える必要はない。
 そもそもメイドと言う仕事、護身と言う目的など、その点を考えたら教えられる武器はナイフ位のもの。
 領主が来賓を迎えるのに、身の回りの世話をするメイドが剣だの槍だのを持っていたら落ち着かないだろうし、何より無礼にも程がある。
 普段隠すことが出来て、比較的取扱いが簡単であり、さらに魔法も乗せやすいものとなればやっぱりナイフなどの短剣類になるのだ。
 なら、俺が復習しておかなければならないのはむしろ立ち回りの方だ。
 俺は普段剣だの弓だの色々使っているが、ナイフはたまに使う位でメインで使ったことがほぼ無いから少々不安が残る。
 だが教えるからには俺の修行の記憶を可能な限り引っ張り出して、自分が十分に扱えるようになっていなければ駄目だ。
 さて、我が師匠は何て言っていたか……

「スバルさん、七番が空きましたよ」

 そう思っていると、係員が俺を呼びにきた。
 ……周囲の視線が痛い。
 意識しだすと周囲の視線と言うのがどうにも気になる。
 だがまあ、今のところ直接俺に害を及ぼすような奴は出てきていない。
 油断は出来ないが、かといって気にしすぎると俺の身が持たん。
 と言う訳で、さっさと指定された七番の闘技場へと向かうことにした。
 闘技場と言っても、何もしなければそこはベンチルームの様なものだ。
 ただのベンチルームと違うのは、入口付近の壁際にコインをはめる台座があるところである。

「さて……」

 俺は青いベルベット布に包まれたコインホルダーを開き、コインを選ぶ。
 俺の技の確認が出来なきゃいけないから、相手は弱すぎても強すぎてもダメだ。
 だとすれば、俺が選ぶコインはAランクで良いだろう。
 Aと書かれた金色のコインを入口にある台座にはめると、目の前に石板が浮かび上がってきた。
 石板には、俺が今まで倒してきた闘技場のモンスターの名前が書かれている。
 後から知った話だが、最初に貰える銀のコインはランダムで相手を呼び出し、一度クリアするともらえる金のコインは一度倒した相手を選んで練習相手に出来るという代物らしい。
 ちなみに、一枚だけある銅のコインを使えば闘技場の舞台だけを利用することが出来るという寸法だ。
 さてと……アダーラに教える目的が護身であることを考えると、選ぶ相手は人型が良いだろう。
 とすると……こいつが良いか。
 俺が相手の名前を指でなぞると、台座からベンチルーム内を覆う霧が発生する。
 そして霧が晴れると、いつの間にかベンチルームは広い闘技場に変貌しており、その中心には銀の鎧甲冑が立っていた。

「……」

 それは両手剣を地に突いたまま、ジッとこちらを見定める。
 こいつの名前はレヴナント・ノーブル。
 城や大きな館などの廃墟に放置された鎧が勝手に動き出したもので、そう言う場所に近づきさえしなければほぼ遭うことはない。
 だからこいつは、アンデットの三つの系統である死体と霊体と不死者で言うのなら、霊体に分類されるのだ。
 ちなみに、この三つの分類に関してざっと説明すると、死体はゾンビやスケルトンなど精神体を失った肉体が独り歩きしているもの、霊体はゴーストやレイスなどの実体を持たない思念そのものやそれが乗り移った物体、不死者は魔法や呪いで死ねなくなった生物で思念も実体もあるものだ。
 こいつの場合、鎧そのものに思念が乗り移ったような奴なので、霊体に分類されるという訳だ。
 おまけに、こいつと外で戦うとすればその周りには他のアンデットがわらわらいる状況であり、その場合大体がこいつが指揮官になっている。
 ただ、こいつは敵では無いと判断すれば手下共々襲ってこなかったり、戦うにしても正々堂々とした一騎討ちを好む傾向があるとのことだ。
 その思念自体は元々死してなお主人を守ろうとする気高い騎士のものなのだから、性格もそれっぽくなる。
 だから、こいつには「気高き回帰者」なんて言う名前が付いたのだ。
 それを前にしながら、俺は闘技場の中に進む。

「……」

 銀の鎧甲冑が、滑らかな動きでこちらに向けて剣を構える。
 こいつ自身は、こちらが仕掛けようとしなければ襲いかかってこない。
 これは宿った騎士道精神によるものだけでは無く、それ相応の実力がある故だ。
 つまり、並の冒険者がこいつ相手に剣で挑みかかると非常に苦労する。
 と言うより、剣だけではまず倒せない。
 中身が空洞の動く鎧を相手にするのだから、鎧そのものを完全に破壊するか、魔法や神術で思念を吹き飛ばすしかないのだ。
 だからどうしても剣で戦いたければ、鎧自体を斬るか、鎧の隙間に加護の掛かった剣を差し込んで成仏させるしかない。
 だがこれを逆手にとれば、一対一の剣の修業をするにはうってつけの相手と言えよう。
 何しろ、こいつに対する攻略法は、人間の騎士にも通用するってことだからな。

「…………ふぅ」

 俺はそいつの前に立ち、二本の短剣をベルトに付けたホルダーから抜く。
 一つは多目的に使う両刃の短剣であるダガー、もう一つはこういう相手の時に使う細長い錐の様な刺突用の短剣であるスティレットだ。
 この二本に関しては、こういった相手を想定して神の加護が掛かったものを購入していたのだ。
 別に、舐めている訳では無い。
 本来ならば、俺の場合左手に短剣を持って右手にいつものカトラスを持つのが常道だというのは分かっている。
 何しろ、ダガーもスティレットも本来の使い方は相手を組み伏せたりした時のトドメの一撃を放つためのものだからだ。
 スティレットなどは特にこれに特化したもので、プレートメイルの隙間を狙いやすく、皮鎧やチェインメイルを貫通する。
 しかしながら、どちらもこういうプレートメイルの騎士との真っ向勝負で最初から使うようなものでは無い。
 だが、今回想定しているのは護身用、自分がナイフしか持っていない時の立ち回りだ。
 と言うのも、俺が有名になってしまった以上、どこかのお偉方に呼ばれる可能性がゼロだとは言い切れない。
 その場合、普通は剣や弓と言った武器は預けることとなり、非常時の際の短剣のみになる可能性が高い。
 そうなったとき、俺がこういう相手と戦わなければならない可能性もこれまたゼロとは言い切れないのだ。
 また、メイドであるアダーラが戦う状況があるとすれば、ほぼこの状況であることも予想される。
 であるならば、そう言った事態を想定して訓練を積む必要がある。
 もちろん、相手が一人とは限らないし、二人以上となればまた勝手も違う。
 だが、それでもまず一対一で勝てないと、二人以上には当然勝てないだろう。
 アダーラに教えるために復習するためのものだが、こうして考えると良い機会だ。
 ちなみに、魔法は封印してある。
 アダーラが魔法をどれだけ使えるのか、どんな魔法が得意なのかを分かっていない以上、ほぼ使い物にならない状況を想定していた方が良いからだ。
 仮に想定よりも魔法が強力だったとしても、その技術自体は腐ることはないのだし、やるなら徹底的にやった方が良いからな。

「……!」

 無言の気迫と共に、騎士が俺に向けて踏みこんでくる。
 手練の騎士の動きだ、それは速く鋭く、そして重い。
 リーチの差もあって、真っ向勝負では俺はまず避ける事しか出来ない訳だが……

『……まず、一対一の決闘の時は、相手の動きをよく観察することが肝要だ。そのためには、ただ守るのではなく、こちらの技をちらつかせながら流す。そうするうちに、相手の癖が分かるはずだ。特に短刀の場合、大抵は射程、威力共に劣っているゆえ、真正面から戦う場合は重要になってくる』

 師匠の言葉を思い出しながら、俺は相手の前に踏み込みながらの袈裟切りを上から右下に叩きつけるように捌く。
 こちらの技をちらつかせながら流す、これは言いかえれば攻めの姿勢を崩さず、いつでも相手に攻撃が届く状態になるように処理するということだ。
 つまり、可能な限り躱した瞬間に俺の間合いになっていなければならないということでもある。
 攻撃を躱された相手はそれに対して慌てることなく、俺から離れるように動きながら振り上げるようにして逆の刃を叩きつけてきた。

「ふっと」

 その攻撃を俺は身体を少し後ろにそらし、軽く距離を取ることで避ける。
 相手の剣の切っ先が俺の鼻先を風切り音と共に、一息で駆け抜けていく。
 ……やっぱ、力任せのオーク共とは違う。
 あいつらは振り下ろした後に前のめりに体勢が崩れる奴が多いが、こいつは二の太刀三の太刀がすぐに飛んでくる。
 間合いを取るのだって、気圧されて退くのではなく、相手の間合いを読んで迅速に退いていく。
 おかげで俺は攻め込むことが出来ず、相手の二の太刀を躱す事しか出来なかった。
 そして騎士は十分に間合いを取ると、剣先をぴたりと俺の眉間に向けて構えた。
 俺が突っ込んできても、剣先を少し降ろせば刺さる様になっているのだが、どちらかと言えば守りの構えだ。
 うむ……懐に入りこまれるのを嫌って、間合いを取るのか……前に戦った時は、剣の威力を使って押し込んできたんだがな。
 まあ、あの時は弓もカトラスも使っていたし、戦い方が違うのは分かる。
 弓の場合はとにかく間合いを詰めなければ勝負にならないし、今みたいにナイフを持った相手なら組み伏せられることを警戒して間合いをとるだろう。
 それでも前の奴は割と大振りに剣を振っていたが、こいつは案外振り幅が小さい。
 おかげで一撃で倒されたり一気に押し込まれたりと言うことはなさそうだが、その代わりにこちらの攻める隙も少ない。
 どうやら、この闘技場は同じモンスターでも癖や性格が変わるようだ。
 今回の相手は、相手に攻撃をさせないことを第一に考えているようだ。
 それにしても、こうしっかりと剣先を利かせられると攻めにくい。
 たしかこういう時は……

『……相手に向かってどう攻めるか。これはいつであろうと、どのような得物を持っていようと俺達の一番の命題だ。守りの固い相手に迂闊に攻め込めば、容易に返り討ちにあう。ならば、崩してもらえば良い』

 俺は相手に向かって駆け出した。
 まっすぐ間を詰めるのではなく、やや斜め左に出て自分から剣先を外す形だ。
 狙うのは甲冑の右脚股関節部分。
 プレートアーマーであろうと、動くためにはどうしても隙間が出来てしまう部分だ。

「…………!!」
「ちっ!」

 それに反応して、騎士は素早く手首を返して逆袈裟に剣を振り下ろす。
 俺は攻撃を諦め、剣を避けるために転がるようにして更に左に飛んだ。

「!!!」

 そうして体勢が崩れたところを、騎士は逃さず攻め込んでくる。
 重たい鎧甲冑であるはずなのに、それを感じさせることのない速度だ。

「まだっ!」

 その攻撃を、俺は後ろに転がりそうな勢いを無理やり殺して左前方へ飛ぶ。
 再び転がる俺の横を鉄塊が通り過ぎ、地面から甲高い金属の音が聞こえてくる。
 その間に俺はもう一度大きく前に跳躍し、一気に間合いを取った。
 流石に一撃で決められるほど甘くはない、か。
 だが、この動きを見る限り、こいつは案外素直に剣を振ってくる。
 トリッキーな動きは少なく、基本に忠実な剣技を実戦の中で昇華させていった感じだ。
 ……よし、崩し方、攻め時が何となく掴めた。
 右手に持ったスティレットを身体の前に構えながら、俺は相手に向きなおった。

「…………」

 立ち上がった俺を見据えながら、相手は剣を構えたままゆっくりと間合いを詰めてくる。
 一気に詰めて来ないのは、俺の攻撃を警戒しているのか、もしくは警戒では無く余裕なのか。
 まあ、この場合は間違いなく前者であろう。
 もし後者なら、こうやって構えたまま近づいて来ることなどはしまい。
 こいつは、こうしてゆっくり詰めて来て相手の出方を見て、その隙を狙って攻撃してくるタイプのようだ。
 正直、勢いよく攻め込んでくる奴よりは守りやすいが、その分攻め込む隙も少ない。
 ならどうするか。

「……」

 じりじりとこちらに詰め寄ってくる相手。
 ……剣先はまだ高い。
 脚を狙われた直後だということを考えるのならば、さっきの攻撃はあまり意識していないということだ。
 意識していたのだとしたら、そこを守るために構えが低くなるはずだからな。
 もしくは、あれをブラフだと考えて首を守りに来たか……どちらとも言える。

「……!」

 そう考えていると、今度は相手の方から攻めてきた。
 高めに浮いた剣先から、手首だけを柔軟に使った小さく速い斜め方向の斬りおろし。
 その一撃が、スティレットを持った右手目掛けて迫っていた。

「くっ……」

 俺は手首を返し、スティレットで剣を軽く受けながら身体を左に捌き、反撃を試みる。
 だが、鈍い音と共に妙な手ごたえを感じて、俺は出来る限り素早く間合いを取って右手を見た。

「ちっ……」

 現状を確認して、思わず舌打ちをする。
 見てみると、スティレットが刀身の中ほどで斜めに切断されていたのだ。
 どうやら、先程の一撃は最初からこれを斬るためのもので、そのために気を込めていたものだったらしい。
 普通ならこれで敵の攻撃を受け止めるのは悪手なのだが、仮に受けずに避けようとするとそのまま脚を斬られる可能性があったため、受けざるを得なかったのだ。
 油断した……くそっ、これで俺の得物はダガー一本か……
 この技を使われた以上、もう相手の剣をこいつで受ける訳にはいかない。
 こいつまで斬られてしまうと、もう相手を倒す術が無くなってしまうのだ。
 剣に気を込めて斬られないようにする手段もあるにはあるが、それをやると脚に回していた分も使うから機動力が落ちて攻めきれない。
 ……だが、これならこれでやり様はある。
 俺は再び、先程と同じようにダガーを構える。

「…………」

 相手は先程と同じく、油断なく俺との間合いを詰めてくる。
 だが、今度の構えは口くらいの高さに右手を持ってきて剣を立てた、剣道で言うところの八相のような構えだ。
 違うところと言えば、脇をしめるのではなく肘を横に張っているということ。
 これは両刃である剣を使っているために、切り降ろした後での裏刃の一撃があるためだ。
 だからこれは八相の構えと言うよりも、西洋剣術のフォム・ダッハと言う構えと言った方が良い。
 俺の武器が一本になってしまった以上、受け流された上での反撃を気にしなくて良くなったため、この一撃で俺かダガーのどちらかを断ち、ダガーを斬った時にはその裏刃で俺を斬るつもりなのだろう。
 そしてそれは、もし俺が防御に回ってしまえば避けきれなくなるもの。
 相手は元々持っている剣の威力が高いため、そこに回す気の量も少なくて済む分腕や脚に回せ、速度でもこっちを上回ってしまうのだ。
 おそらく、受け流されても次の攻撃がどうしても俺に捌けないのは、相手も分かっているはずだ。

「ふ~っ……」

 小さく息を吐き、呼吸を整える。
 状況は俺にとって圧倒的に不利な状態だ。
 だが、それに気圧される訳にはいかない。
 何故なら……

『……戦いともなれば、当然不利な状況に立たされることもある。だが、それを恐れてはならない。その恐れこそ、死をもたらす最大の敵だ』

 戦場では、死を恐れてはいけない。
 上杉謙信の言葉に、「死なんと戦えば生き、生きんと戦えば必ず死するものなり」と言うものがある。
 つまり、生き残りたければ死ぬ気で戦えという訳だ。
 無論、ただ突っ込んで玉砕しろと言っているわけでは無い。
 死ぬ気で気を張り、死ぬ気で考え、死ぬ気で身体を動かす。
 死ぬ気で戦うということは、自分の持てる全てを出し切るということなのだ。
 それを阻むのが死の恐怖。
 死ぬことを恐れて生き延びようとだけするから、自分の本来の力が出せずに死ぬ。
 最初から心が折れているのだから、相手に勝てるはずもないのだ。
 それに、我が師匠はこうも言っていた。

『……自分がなぜ不利なのか? それが分かるのならば、何故相手が有利なのかも分かるはずだ。そして、それこそが最大の隙を産む。自分が不利ならば、あえて相手が有利な状況に誘い込め。すると相手は、自分の思った通りの行動をしてくれるはずだ』

 不利と言うのは裏を返せばこういうことだ。
 相手が攻めたくなるようなところをわざと晒すと、ほぼ間違いなくそこを攻めてくる。
 自分が有利な立場に居るのだから、チャンスとみれば迷わず踏み込んでくるという訳だ。
 と言うことは、その時にどうすれば良いのかが自然と分かるということだ。
 実際、俺も師匠に何度それでやられたのか分からないしな。

「っ……」

 俺は手に持ったダガーを、先程と同じように身体の前方に構える。
 つまり、俺は相手の思惑に真っ向から乗った形になる。

「!」

 それを見た瞬間、相手は一気に踏み込んで剣を振り下ろしてきた。
 一刀で全てを断ち切ろうとする、示現流の一の太刀の様な激しい一撃。
 だが、それこそが俺が狙っていた一撃だ。

「そこだぁ!」
「!?!?」

 受けて立つ姿勢から左にしゃがみこむように動き斬撃を外して脚に気を込め、素早く前に踏み込んで気を乗せた一撃で振り下ろされた相手の右小手を斬り上げる。
 俺の攻撃は固い金属音と共に振り抜かれ、右腕を斬り飛ばした。
 相手はそれを受けて一気に後退し、左手一本で武器を構えながら無くした部分を見た。
 斬られた右腕からは緑色の靄の様なものが漏れだしており、その影響か構えもどこか崩れている。
 表情も言葉も分からないが、彼が動揺しているであろうことは間違いなかった。
 ……やはり、これは警戒していなかったな。
 これまた師匠の教えの賜物だ。

『……勝負において、思い込みは一番の敵であり、最大の味方でもある。相手の思考を操作する、その駆け引きが肝要だ』

 俺は最初、攻撃にはスティレットをメインで使っていた。
 すると、相手は「敵には鎧を斬れるほどの気を練れない」とか、「相手は鎧の隙間を狙ってくる」とか考えるはずだ。
 これは誰だって考えることで、そもそもスティレットはそう言う用途のナイフだからだ。
 だからこそ相手は真っ先にこれを狙ってきたわけだし、それを斬られた俺には有効な攻撃手段を失った、などと考えるかもしれない。
 こうなると、相手は防御にあまり気を回さなくなるし、仮に自分の攻撃を防御されたとしても、そのまま攻め込んで押し切ってしまった方が良いとも考えるだろう。
 これは用心深い奴でもそう判断することが多い。
 何故なら、相手は自分の武器を失って、多少なりとも動揺しているはずだからだ。
 ならば、立ち直る前に仕留め切ってしまった方が楽だし、何より想定外のことが起きた相手に考える時間を与えないことの方が大事なのだ。
 当然そうして攻めに傾倒していれば、鎧そのものはがら空きになるはずだ。
 もちろん、それだけだといくら気を込めたところで相手が防御するために気を回したら弾かれる。
 だが、そうならないようにする方法も俺は知っている。

『……気と言うものは、自分が意識した場所に集まる。即ち、攻め込む時は一番無防備なのだ。気を武器に込めるのは攻撃の一瞬だけで良い。その一瞬が長ければ長いほど、己が隙を晒すことになる』

 気を込めた攻撃を受けるためには、こちらも受ける部分に気を張ってなければいけない。
 と言うことは、相手を攻めるために武器に気を込めた瞬間、自分の身を守る気はどこにも無いのだ。
 その状態なら、気をしっかり込めればダガーでも鉄を斬ることは出来る。
 気だって、踏みこんで勢いがついた後なら武器に回したって機動力が落ちることは無いから、全力を回しても何とかなる。
 だから、俺が狙えるのはほんの一瞬。
 ダガーで銀の甲冑を切り裂くには、相手の攻撃に対するカウンターを狙わなければならなかったのだ。
 相手を観察し、不利でも冷静に対処して誘い込み、相手の思考を誘導する。
 それが出来て初めて出来た一撃だ。
 今のに失敗していれば、斬られていたのは俺の方だったはずだ。

「…………」

 右腕を失くした騎士が、再度俺に剣を向けてくる。
 騎士としての矜持があるのだろう、負けを認めるつもりはないらしい。
 どうやら、戦い方に反して随分と負けず嫌いな性格のようだ。
 この前の奴は、突っ込むだけ突っ込んできて膝に矢を受けたら降参してたけどな。
 まあいい。それならそれで、もう一度だ。
 闘技場も力任せのモンスター共ばかりで飽きてきたことだし、たまにはこういう思考と技の試される相手とじっくりやるのも良い訓練だ。
 同じ手は通じないだろうし、相手はもっと用心深くなる。
 さあ、次はどう崩すか……

「……!」
「っ!?」

 俺は騎士の突然の行動に、一瞬思考が停止する。
 見ると、相手は残った左手に持った剣の持ち方を変え腕を下から後ろに向けて大きく振りかぶっている状態。
 これはもう、明らかに投擲の姿勢だ。
 ……拙い、あまりに想定外の事態に反応が遅れた。
 が、避けようとしても思う様に身体が動かない。
 な、何故だ……まるで深い水の中に居るように身体が重い。
 ……いや、待てよ。俺はこの感覚を知っている。
 俺は一つ深呼吸をして、目の前の敵を見やった。

「…………」

 見れば、俺が長すぎるほど思考に時間を割いているというのに、相手の手からやっと剣が離れたところだった。
 今まさに、アンダースローで剣を投げ飛ばす瞬間だったと言う訳だ。
 剣には、まるで陽炎のように揺らめく緑色の光が灯っている。
 しかし、その剣の飛んで来る速度はまるでハイスピードカメラで撮られた映像を見ているかのように遅い。
 剣自体が光を放っているということは、それはもう乾坤一擲の力を込めて俺に投げて来ているはずだ。
 そんな一撃が、こんなにスローモーションな訳が無い。
 だが、俺はこの現象に心当たりがある。
 それは、槍ヶ岳との最後の特訓の出来事。
 奴の神速の突きが、やけにゆっくり迫って来ているように見えたあれだ。
 違うのは、あの時はまるでコンクリートで固められたかのように身体が動かなかったが、今回はせいぜい水中に居るくらいの抵抗しか感じないところ。
 この状況なら、避けるのは容易い。
 身体を斜め前に倒しながら、その剣の横をすり抜ける。
 自分の身体の倒れる速度もゆっくりで、どうにも妙な感覚だ。
 緑色の光が、俺の横を通り過ぎて行く。
 それと同時に、身体に感じていた抵抗感が無くなり、全ての速度が元に戻り始めた。

「うおわっ!?」

 視界から剣が消えた瞬間、切り裂かれた空気が俺の頬を撫ぜ、思わず口から驚きの声が上がる。
 あの状態では分からなかったが、実際には想定した以上の速度で投げられていた様だ。
 仮に当たっていたら、間違いなく俺は絶命していたことだろう。
 俺は内心冷や汗を掻きながら手にしたダガーに気を込め、一気に相手との距離を詰める。

「……!!!!」

 そして、それを全力を出し尽くした騎士の喉に突き立てた。
 その瞬間、銀の鎧が地面に崩れ落ちる。
 浄化の刃は、仮想のものとは言え騎士の執念を天に返すことに成功したようだ。
 それを見届けると、俺はダガーを元の鞘にしまう。
 その直後、闘技場が霧に包まれ、気が付けば元のベンチルームに戻ってきていた。
 ホルダーには先程まで使っていたダガーと、先程折れたはずのスティレットが元の姿に戻って仕舞われていた。

「……ふぅ」

 俺はベンチに腰を下ろし、先程の出来事について考える。
 あの現象は、普段目で捉えられない速度の物を捉えたときに起きる現象だと言われたはずだ。
 つまりそれが発動する条件は、一定以上の速度で動く何かを視認した時だということになる。
 だが、それでも疑問視すべき点はある。
 特に重要なのは、いったいどういう条件が揃った時にこれが発動するのかと言うことだ。
 単純に速いものを見ただけで発動するのならば、もっと頻繁に起こっても良いはずだ。
 何せ、俺は普段弓を使っている訳だし、その速度はかなりのものがあるはずだ。
 しかしそれを見ても発動しないということは、絶対に何か重要な条件があるはずなのだ。
 今回はたまたま発動したが、明確な条件が分からないことにはそれを頼ることは出来ない。
 ……基礎を思い出すことも大事だが、まだ自分の力について知らないことが多すぎる。
 はぁ……こりゃ、まだまだ修行や検証が必要になりそうだ。




* * * * *

 と言う訳で、今回はアダーラに訓練をつけるための復習のお話でした。
 将志のブートキャンプは、こう言ったところでも役立っています。

 いやしかし、こうして戦闘シーンを久々に描写したわけですが、やっぱりまだまだ難しいところもありますね。
 お互いに動かない所の緊張感、今回はスバル君が余計なことを考えるせいで薄まっちゃってますし。
 おかげでスバル君がとんでもない強者の様に見えてしまうから困ったものです。

 あと、久々に目が発動しました。
 この男、他人の魔眼にはエキサイトするくせに、自分の眼に関しては別人のように慎重になってますね。

 では、ご意見ご感想お待ちしております。
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