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夢追い浪人の途中下車

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今ここにいる人:

「神頼みで人捜し」
始まりの町にて2

教導開始と冷たい覚悟

 ←自主トレ →情報屋の中間報告
 この日、俺は闘技場へとやってきていた。
 これだけならいつも通りなのだが、今隣に立っているのは少し背の低いメイド服の女。
 つまり、今回は前に依頼されていたアダーラの特訓の初日と言う訳だ。
 魔法は使えるとのことだが、どれだけ使えるのかも分からん事だし、本日はその確認から始めることになる。

「さてと、魔法が使えるって言うんなら、アルドラに属性調べてもらってないか?」
「はい。水と土と風です。ええと、通信石を見れば大体の属性が分かるんでしたよね?」

 そう言って差し出された通信石は、風に舞う白い花びらが次々と水面に波紋を描くような模様であった。
 成程、同じ姉妹でも属性はこうも別れるのか。
 アルドラは土と風と火だったもんな。
 しかし、これはこれで美しい。
 何と言うか、静かで心が落ち着くような模様だ。

「成程ね。俺はこれだ」

 俺はそう言いながら、自分の通信石を手渡した。
 すると、アダーラは目をキラキラさせてそれを見つめ出した。

「わぁ……スバルさん、氷と風と光と闇ですね! 夜空に吹雪がキラキラと光ってて綺麗です!」

 ほう、これを見ただけでアルドラが予想した属性を全て言い当てたか。
 と言うことは、アルドラからは魔法の基礎をかなりの部分学習していると思って良いだろう。
 さてさて、ここからは秘密の分析。
 普段使わないから忘れかけていたが、アダーラのステータスチェックと行こうか。


 アダーラ・シリウス(CCC)

 HP 5809/5809(CC)
 MP 2306/2508(B)
 SP 1409/1409(CCC)

 STR 348(C)
 VIT 670(CC)
 MAG 1208(B)
 RES 1539(BB)
 AGI 758(CCC)
 DEX 860(CCC)


 んん? 思ったよりもステータスが高い。
 魔法関係はアルドラから教わっていたんだろうが、それでもメイドの範疇に収まるようなもんじゃない。
 と言うのも、Bランクって言うのは普段魔法を使った仕事をしている人間レベルのものなのだ。
 もちろん、冒険者の様に敵に向かって全力で魔力をぶつけるようなことはしないし、作業の関係で消費の少ない魔法を使用するものだが、メイドの仕事にそんなものは無かろう。
 ちなみに、一般的な事務職のステータスは大体200前後の値を示すし、大体のステータスがDDD~CCの範囲で収まるのだ。
 そこに少し仕事に必要な能力があるのなら、そこが伸びてCCCランク、専門的に必要なら、Bランクくらいまで伸びると言ったところだ。
 もちろん魔法の研究者や炭鉱夫など、ある一部分に特化した能力が必要な場合はAランクまで行くこともあるが、そんな職業はそう多くはない。
 総合的にみれば、大多数の一般職の人間はC~CCランクの範囲に収まるのだ。
 だからこのステータスは、冒険者じゃないにしては少し高い。
 このレベルになると、身体能力的には本格的に活動を始めた駆け出しの冒険者くらいはある。
 う~ん、メイドの仕事って、そんなに激務なのか?
 実は魔法を教わるついでに、それを使った戦闘も経験してたりしないだろうか?

「はい、私の通信石、スバルさんのに登録しましたよ」
「ん? ああ」

 そう思っていると、アダーラはいつの間にか俺の通信石に自分の物を登録してたらしい。
 俺がそれを受け取ると、何やら彼女がこちらに視線を向けてきていた。

「あの……さっきから私のこと見てましたけど、どうかしたんですか?」
「ああ、少し考え事をな。魔法が使えるんなら、どんなことが出来るのかなって」

 俺はアダーラの質問にそう答える。
 これはあらかじめ用意していた質問の答えだ。
 何しろ、ステータスを見るためにはその対象を注視していないといけないもんな。
 そりゃあジッと見られていると怪訝に思われても仕方がないってもんだ。
 しかしその答えに何か不満だったのか、アダーラは少し不満そうにため息をついた。

「むぅ……私に見とれてたわけじゃないんですね……」

 ……相変わらずの色ボケした頭ん中だな、おい。
 いくらなんでも闘技場のど真ん中でその発言をするのはシュールにも程があるだろう。
 ああいや、良く考えたらこいつの姉は森の中で新婚三択をやる阿呆だったな、失敬失敬。
 そんなことはどうでも良くて、まずは実際に出来ることの確認だな。

「とにかく、まずはどんな魔法が使えるのか教えてくれ」
「ん~、基本的にはスバルさんと同じですよ? お洗濯とか、そう言ったのは魔法で済ませてますし」
「護身用のは?」
「そうですね……たとえば、“緑の束縛プラントスナッチ”!」
「うおっ!?」

 俺が飛び退くと同時に、俺が居たところから太い蔦が何本も飛び出してきた。
 あっぶねえ、寸前まで気がつかなかったぞ……
 恐らく、アルドラは彼女に抵抗しようとしているのがバレない様にするやり方を教えていたのだろう。
 先日の悪戯だってそれに引っかかるまで全く気付かなかったわけだし、この段階でこれなのだから、魔導師としては姉と同じく大成しそうだ。
 だが、このまま魔法だけを伸ばせば良いのかと言えば、そうではない。
 アルドラは魔法だけでも一人でやっていけているが、それはずば抜けて魔法が優れているから。
 アダーラの場合はそこまで達していないし、そのレベルまで支えてやれる仲間も居ない。
 だとするならば、それを補助できる技術が必要となる。
 つまり、魔法を決め球にしながら、それまでは武器を手に取って戦うってことだ。
 実はこれ、案外難しい。
 分かりやすく例えるなら、本を音読しながら剣道の試合をするようなものだ。
 気を抜いたら一本取られてしまう状況で、一字一句間違えずに本を読むって言うのがどれだけ難しいかは、想像しなくても分かるだろう。
 決して熱くならず、冷静に相手の攻撃を捌きながら魔法を組み立てる。
 俺もこれを出来るようになるまでは相当な訓練を積まなければならなかったし、今でも簡単な魔法しか使えない。
 だから、普通剣士や魔法使いは無理に両立しようとしない。
 どちらかを極めてしまい、もう片方は仲間を雇ってやらせるのだ。
 それが出来ないから、俺はアルドラに教えてもらいながら戦闘中に魔法を使う訓練を続けているのだ。
 ちなみに、アルドラのレベルはその先にあるので、彼女クラスになろうとするとそれこそものすごい努力が必要だし、俺が教えてもそこまではいかない。
 とは言え、せっかくここまで魔法が使えるのだから、それが使えないと言うのはあまりにも惜しい。
 ならば、彼女には茨の道を進んでもらおう。
 なに、俺にも出来るのだから、決して不可能ではない。
 槍ヶ岳みたいに超スパルタ特訓になるが、幸いにして彼女のモチベーションを保つのは非常に簡単だからな。

「あの~、考えこんで、どうしたんですか?」
「ああいや、これからどうしようか考えててな。魔法はまだアルドラに教えてもらってるのか?」
「はい。たまに使わないと、特に護身用のは忘れちゃうんで」

 成程ね。じゃあ、魔法は下手に俺が教えない方が良いってことだ。
 なら、俺が教えるのは戦い方の方だ。
 とは言っても、俺だってそんなに経験が多い方じゃないし、そもそも俺が経験させられた戦況が揃いも揃って異常だからな……
 とりあえず、方針としては何か武器を持ってもらうことにはなったが、何にするか。
 まあ、それは動きを見ながら考えるか。

「よし、なら俺はアダーラに武器の扱い方を教えるとしよう」
「え、魔法じゃないんですか?」

 俺の言葉に、アダーラは首をかしげる。
 う~む、どうもアルドラが俺に指導を頼んだ理由が分かってないものと思われる。

「それだと、俺が教える意味がないんだよ。それに、最初から魔法で攻撃を仕掛けてくる相手ばかりじゃない。護身ってことは必ず相手が先行なんだから、急な襲撃には魔法はかなり不利になるんだよ」
「でも、姉さんは魔法だけで何とかしちゃいますよ?」
「そりゃあアルドラだから出来ることだ。普段はああだが、アルドラは冒険者としてみればトップクラスの人間だからな」
「そ、そうだったんですか……」

 アダーラはそう言って少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
 確かにアルドラは急な襲撃にも魔法で対処できるが、それは彼女がそれ程に早く魔法を組めるということ。
 つまり、何が起きても慌てずに対処できる胆力と、使う魔法を一瞬で選ぶ判断力、そして素早く術式を組む技術が要求されるのだ。
 アルドラは何気なくやっているが、簡単に見えてなかなか難しい。
 それこそ、闘技場での訓練では無く実戦で経験を積むしかないことだ。
 俺も出来た方が良いのは分かっているが、魔法より先に手が出てしまうために思った様に練習できていない。
 と言う訳で、どうしたって俺はもちろんのこと、アルドラだっていきなりそこまでは教えられないのだ。

「だから、魔法を教わるんだったらそのままアルドラから教わった方が良い。と言うか、俺も未だにアルドラから教わってる身だし」
「じゃあ、今度から私と一緒に魔法の特訓をするんですか?」
「時間が合えばな。とにかく、まずはアダーラが何を使うかだな」
「私、弓が良いです!」

 俺の質問に、キラキラとした目でアダーラは即答した。
 ……護身用の武器だってこと、分かってるのかね、こいつは。

「……それ、俺が使ってるからだよな。まあ良いさ、まずは実際にやってみて、だ」

 そんな訳で、とりあえずアダーラに弓を持たせて見た。
 的はとりあえず魔法で矢が当たると消える光を浮かべて、それを狙ってもらう。

「……意外と当たらないですね」

 しかし、完全なる初心者がやっても、何回か当たる程度の物だ。
 止まっている的には何とか当てられても、そもそもがまっすぐ飛んでいなかったりしてそれすら少ない状態だ。
 俺の場合は同じ状態でも能力値に大きなアドバンテージがあったが、彼女にはそれも無いからこの結果になるのだろう。
 アダーラは不服そうな表情をしているが、本来はこうなって当然だと俺は思う。

「まあ、俺の弓だしな。俺に合う弓と、アダーラに合う弓は違うだろ」
「そう言うのがあるんですか?」
「ああ。だって、アダーラはその弓を引ききれてないし、強すぎて軸がぶれてるからな」

 アダーラの射を見て、何となく思ったことを言ってみる。
 どんなことでもそうだが、余計な力が入っていると上手くいくはずもない。
 剣だと無駄な力が入ると剣筋がぶれて斬れず、弓だとまっすぐ飛ばない。
 今回の場合、強く張られた弓を引くのに精一杯になって狙いもへったくれもなくなっている状態だ。

「スバルさんはどうやって自分にあった弓を見つけたんですか?」
「いや、俺の場合はこれしか使い様が無かったからな。何しろ緊急事態だったし、強い弓に合わせられるように俺の方を鍛えていたよ」
「ふむふむ……自分にあった弓を探すのって大変そうですね……」

 アダーラは俺の弓を見ながらそう口にする。
 あ~……真面目に考えているところ悪いんだがね、俺はこれから君に大事なことを言わなければならないのだよ。

「ただし! 現段階では弓は確実に除外する!」
「え~! 何でですか~!?」

 俺の言葉に、アダーラは非難にも似た疑問の声を上げる。
 ……やっぱりこうなるよな。
 だが、これにはちゃんとした理由があるのですよ。

「あのなぁ、護身が目的って言ってんのに、弓を勧める訳ないだろうが。何しろ、特徴が魔法とほぼ一緒なんだからな」

 弓と魔法は両方とも似たような特徴がある。
 まず、剣や槍が届かない遠距離から安全に攻撃できること。これが一番の利点だ。
 次に、近接武器に比べて攻撃範囲の広い技が多いこと。
 弓なら矢を散弾にしたりと言った技があるし、魔法の攻撃範囲に関しては言うまでもない。
 これが剣だと、精々自分の周囲の敵を薙ぎ払うか、遠距離まで刃を飛ばす位の物になるのだ。
 しかし、その一方でこいつらには攻撃までに一工程置かなければならないという欠点がある。
 弓なら弓に矢を番える動作、魔法なら詠唱だ。
 この特性が致命的に護身目的には相性が悪いのだ。
 護身と言うからには、ほぼ間違いなく相手の方が先手を取っている。
 一刻も早く迎撃もしくは防御しなければならないのに、その余計な一工程があるために間に合わないなんてことになりかねない。
 もちろん間合いを素早く取って反撃という手段もあるが、外した時の隙も大きいし、攻撃のテンポも遅い。
 これが何を意味するかと言えば、複数人に囲まれたら対処が難しいと言うことだ。
 不可能とは言わないが、それが出来るようになるには相応の修練が必要になるだろう。
 と言うか、どこの世界に弓背負って通常業務に当たるメイドが居るんだよ。
 ラノベに居たとしても、そんなキャラは地雷臭しかせんわ。
 それを話すと、アダーラは悲しそうにこちらを見てきた。

「ふぇ~ん、スバルさん、弓が一番上手いのに~……」
「だからと言って、本来の目的を見失っては困る。それにだ、俺に弓は教えられない」
「え?」
「俺が弓を持っているのは、最初からこれならある程度はやっていけたからだ。裏を返せば、矢が当たらない人の悪い部分が分からないんだ。自分が躓いたことが無いからな。だから、俺が教えられるのは矢が当たることが前提になってからのことしかないんだよ」
「むむっ……そうなんですか……」

 俺の説明を聞いて、アダーラは難しい表情で唸った。
 はっきり言って、俺は初心者に弓を教えるのには全くもって不向きだ。
 最初から狙えばある程度当たるのだから、それを感覚的なものでしか言えないのだ。
 当然ながら、その感覚を説明するだけで理解しろ何て言うのは無理な話である。
 しかし、せっかくやる気を出してくれてるし、本人がしたいことを完全否定するのも酷な話だ。

「正直、ただ練習するだけなら闘技場に通って的当てでもすれば良い。指南書を読んだり上手い人のやり方を見ながら参考にすれば、それだけでもある程度は上達するはずだからな」

 そう言う訳で、俺はこんな話をする。
 弓は剣と違って、練習に相手が居なくても結果がすぐに分かるのが利点でもある。
 何しろ、的さえあれば結果なんて一目瞭然だからだ。
 練習方法だって、的までの距離を長くしたり、ちょっと変わった撃ち方をしてみたりと、これまた簡単に変えることが出来る。
 流石にこれだけじゃ実戦に使えるとは言い難いが、それでも基礎的な技術は勉強できるはずだ。

「それじゃあ、スバルさんはいったい何を教えてくれるんですか?」
「俺が教えるとしたら、こいつだな」

 そう言って俺が見せたのは、刃渡り十五センチほどのナイフだ。
 正確には、両刃の物なのでダガーと呼ばれるものだ。
 それを見て、アダーラは首をかしげた。

「ナイフですか?」
「そうだ。これにはちゃんと理由もある。普通の剣とかだと普段の作業の邪魔になるけど、こいつならそこまで邪魔にならん。だから、平常時の護身用の武器、と言えば大体この手の物になる」
「でも、魔法を撃たれたりしたらどうするんですか? それに、いくらなんでもそれで普通の剣と戦うのは無理なんじゃ……」
「誰も正面切って戦えなんて言ってないし、魔法が怖ければそれ相応のやり方を教えるさ」
「う~ん……でも、これで戦ったことないですし……」

 ふむ……どうにも煮え切らない様子だな……魔法以外での戦い方がよく分からないからなのだろうか。
 その割には、貴女弓を選ぶ時は超ノリノリでしたよね?
 まあ、いきなりこれを持たされて戦ってみろと言われてもどうすれば良いか分からんだろう。

「……そうだな。一つ、俺が実演してみようか」
「え?」
「俺もそれなりにこいつで戦えるんでね。普段やる意味があまりないから、ほとんど使ってないけどな。アダーラがすぐに出来るようになるって訳じゃないが、参考にはなるだろ」

 きょとんとした様子のアダーラに、俺はそう言った。
 もちろん、今日これをするにあたって一通りの確認はした。
 あのレヴナント・ノーブルをはじめ、人型、動物型、鳥類と、あらかたの相手とある程度戦える様にまでは戻した。
 闘技場内での訓練で何度か死ぬ羽目になったが、サボっていると技術が錆び付くと言う教訓が得られたので良しとしよう。
 ……しかし、空飛ぶ鳥を投げナイフで落とすとか、これも一応教わっているが、これは本当に使うんだろうか?
 今にして思えば、弓、剣、短剣に魔法と、あの男色々詰め過ぎだろ。
 まあ、師匠から見て必要だからこそ死ぬ気で覚えさせたんだろうし、おかげで強くなれたのだから感謝はするけどな。
 それを聞いて、アダーラは不安そうな表情を見せた。

「でも、スバルさんがこれ使ってるところ見たことないんですけど……」
「まあな。ちょうど良い機会だし、俺も少し練習しないといけないからな」

 実際、俺自身にまだまだ練習が必要なのも事実だ。
 確かに俺のメインは弓で、サブで剣と言う体制を取っているが、そのどちらのサブとしても使えるのがナイフみたいな短剣類だ。
 特に全身甲冑の様なものを着ているような相手では、気を練れない状況なら弓や剣よりも短剣で甲冑の隙間を切った方が効果的でもある。
 もちろん、そう言った相手にはハンマーのような鈍器が最も効果的だが、そんな重いものは素早く立ち回る必要のある弓とは一緒に使えないし、邪魔になる。
 それに、甲冑を着た相手と勝負する状況を想定して見ると、軍隊に追われているか、どこかの城や屋敷に呼び出されての騙し討ちと言うのが現実的だろう。
 つまり、甲冑の相手と一対一で勝負する事態はほぼ無く、一対多数、または少数対多数が大多数と言うことになる。
 おまけにだまし討ちともなると武装解除させられている可能性が高く、まず剣や弓は没収され、残ったのは非常時の短剣だけになるはずだ。
 ちなみに非常時とは何ぞやと言うと、謁見やパーティーの最中に何者かが襲撃して来ることを指す。
 これは人間に限ったことでは無く、主に人食いになった夜行性の獣が町中にある会場に現れたことすらあるのだ。
 そう言った事態に備えて、戦闘の出来る賓客は非戦闘員を守るために、短剣か杖を常に見える位置に付けておくのがこの世界の常識なのだと槍ヶ岳は言った。
 一方で主催者側はそう言った客が暴れても安全に取り押さえられるように、それなりの戦力を警備に充てると言う訳だ。
 そうなるとだまし討ちを受けた際、必然的に俺はまずは短剣を使って会場を警備する軍団と戦うことになる。
 考えすぎかもしれないが、いつ何が起こるか分からない以上出来るようになって損はない。
 そう言う訳だから、肩慣らしついでに練習するとしよう。
 さてと、アダーラに基本的な動きを見せるのが目的な訳だし、まずはCランク相当の木偶を呼び出すとしよう。
 まずは出来る限り人型の相手が良いから……まあ、オークだな。
 相手を人型にした理由だが、それは短剣を使って対処する相手って言うのが大体人型だからである。
 そもそも普通の獣は人食いでもない限り人間を恐れて近づいて来ないし、町を襲うのはオークやゴブリン、そして人間の盗賊など、見事に人型ばかりだしな。
 台座にコインをはめて相手を指定すると、なめし皮の簡素な鎧を着た人型の豚が剣を持って目の前に現れた。
 それを見て、アダーラは見るからにつまらなさそうな表情を浮かべた。

「オーク一体が相手ですか?」
「……おい、何だそのいかにも物足りなさそうな顔は?」
「だって、スバルさんいつももっと凄いの相手にしてるじゃないですか」

 俺の発言に、アダーラはそう答える。
 ……こいつ、俺がどうしてこいつを相手に選んだのか分かってないな。

「それを相手にしたって参考にならないだろ。こいつを相手にするのは、アダーラに今から俺がやることを出来るようになって欲しいからなんだよ」
「わ、私がこれを相手するんですか!?」
「その内な。と言うか、魔法が使えるなら正直今すぐにでも狩れそうなもんだけどな。そんなに怖がるような相手じゃない」

 見るからにうろたえるアダーラだが、正直に言って今のアダーラでも魔法を使えば十分に勝てる相手だとは思う。
 冷静に考えれば、一対一なら“緑の束縛プラントスナッチ”で相手を拘束して、悠々とナイフで急所を狙えば良いだけの話だし。
 だが、それも仕方のないことだろう。
 俺だって、アーリアルの加護を受けていたって初めて盗賊の襲撃を受けた時は怖かったからな。
 俺みたいにステータスが見えないならなおさらだ。
 まあ、こいつに関しては実際に戦ってみて、自信をつけてもらうしかないか。

「それじゃあ、俺自身の確認も兼ねてやってみますかね」

 俺はそう言うと、ダガーを手にとってオークの前に立つ。
 向こうも俺を敵と認識して、剣をこちらに向けてくる。
 ……これがもう怖くないんだから、慣れっていうのは恐ろしいもんだ。

「フゴー!」

 俺が暢気に構えていると、オークは雄たけびと共にこっちに突っ込んできた。
 普通なら思いっきり後ろに跳んで弓の一射でもくれてやるところだが、生憎とこちらはナイフ一本で戦わなきゃならん身だ。
 おまけに、アダーラにここで相手の懐に飛び込む度胸は無いだろうし、軽く後ろに引いて避けるとしましょうかね。
 さて、この単純な袈裟切りを避けた後に……

「ゴアアッ!」
「あ、やべっ」

 と思ったら、こいつ空振りしたところを思いっきりタックルをぶちかまして来やがった。
 俺はとっさに軽く後ろに跳び、敢えて吹っ飛ばされることで衝撃を和らげ、受け身を取る。
 成程、今回はそう言う性格の相手か。
 んじゃ、少しやり方を変えようか。

「オオオオオ!」
「よっと」

 再び突っ込んできながらの右から横薙ぎの一撃を、ナイフで下に叩きつけるように受け流しながら一歩で敵の向かって右側に回り込む。
 剣ならここから攻撃しても一撃だが、ナイフだと少し間合いが遠い。
 と言う訳で、相手に組み付けるくらいに素早く間合いに飛び込む。
 で、こいつみたいに走り回るような奴なら、最初に狙うのは……

「そらっ!」
「ブギャッ!?」

 鎧に守られていない、太腿の裏側を斬りつける。
 致命打にはならないが、これだけでもかなりの動きを制限できる。
 だが、これで終わりじゃない。

「おらよっと!」
「グゥッ!」

 脚を斬られてバランスを崩したところを皮鎧に手を掛け、怪我した脚に体重が掛かるように後ろに思いっきり引き倒す。
 脚に力の入らなくなったオークはそれを耐えられず、仰向けに倒れ込んだ。

「せいっ!」
「ギャッ……」

 起き上がろうとしたところを、すかさず飛びついて喉を突きさし、試合終了。
 ……あんまり俺の練習にはならなかったな。
 動きが単純すぎて、テンプレな動きで勝ててしまう。
 まあ、これがテンプレートになるのだって慣れが必要だし、アダーラに見せるにはちょうど良かったのだろう。

「あの、スバルさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。まともに受けたが、受け身は取れたからな」

 心配そうなアダーラに、俺はそう言って返す。
 あのタックルくらいで心配されてもな、とは思うが、混戦時だとかなり危険な状態だったと言うのは事実だ。
 う~む、相手を侮ってあんなへまをするようじゃ、俺もまだまだ精進が足りん。

「う~ん、スバルさんでもこれなんですか……」

 そう思っていると、アダーラの表情がまた不安そうな表情に変わった。
 どうやら、短時間で勝利できたことに関しては何とも思わないようだ。
 これは良い、気を抜いたら一瞬で自分がお陀仏になってしまうことが分かっているということだ。
 彼女は元々闘技場に通い詰めていたみたいだし、一瞬で敗れ去った挑戦者たちの姿も見ていたのだろう。
 そんな彼女は、何かに気づいた様子で口を開いた。

「でも、そう言えばスバルさんらしくなかったですね。いつも動き回ってるのに、今回はほとんど動きませんでしたし」
「それをやったらこれまたアダーラの参考にならないからな。そんなことやってたら、強くなりたきゃ体を鍛えろ何ていう極論を言う羽目になる」

 こんなことを言っておいてなんだが……はっきり言おう、この超極論を実践したのが俺だ。
 あのトンデモ師匠の元であんな修行をしていれば、嫌でも身体能力は上がるというものだ。
 だが、それだけで終わらなかったのがあの師匠でもある。
 心技体、そのどれもをあの師匠は軽視しなかった。
 そうでなければ、あの強さには至らないのだろう。
 第一、力で劣る人間が相手を倒すための物が技だ。
 一度高校で剣道部の指導に来ていた爺さんの試合を見たことがあるが、身体能力で劣っているはずなのに面白いように一本を取っていた。
 こういうことを可能にするのが技量であり、またそのためにどうすれば良いかを考える思考能力なのだ。
 技量とは、単純な技の上手さだけでなくその状況に誘い出すための頭脳も必要なものだから、それこそ鍛えるのが難しい。
 だが、その分それを鍛え上げた時にそれが出来なかった奴との差が明確に出る。
 それがよく分かっていないのか、アダーラは首をかしげた。

「でも、間違ってないですよね?」
「間違いじゃないが、それだといずれ頭打ちになる。もしアダーラが俺と同じ身体能力だったとして、俺に襲われた時に撃退できるか?」
「え、えっと……ス、スバルさんに襲われたら、ですか……?」

 俺が質問をすると、アダーラはきょとんとした表情を浮かべた後、何やら考え始めた。
 ……あれ、今の質問、そんなに考えることか?
 そう思っていると、小さくぽそぽそと何か聞こえてきた。

「……ああ……だめぇ……そんな乱暴に触られたら、私……きゃぁ~……❤」

 そんな艶っぽいつぶやきと共に、アダーラは顔を真っ赤にした後に両手を頬にあててもぞもぞと身をよじりだした。
 ……こいつ、俺を一体何だと思ってやがる。

「……俺が悪かった。悪かったから妄想から帰って来い」
「あたっ!?」

 ため息と共に小突くと、アダーラは頭をさすりながらこちらを見る。
 こちらは真面目な質問をしているってのに、俺を使ってエロい妄想してんじゃないよ、全く。

「で、質問の答えは?」
「えっと……その……スバルさんに襲われたら、きっと受け入れちゃいますね……」
「誰がそんな話をしろと言ったか」
「あうちっ!?」

 なおも顔を赤らめ、もじもじしたままの彼女の答えに、俺はもう一発拳骨を落とすことになった。
 ダメだこの色ボケ娘、相手に俺を引き合いに出したのが不味かったか?
 ……正直、その妄想の中で俺が痴態を晒しているとか考えると、もの凄く死にたくなるのですが。

「でも、実際そうじゃないですか。だって、ナイフ一本でスバルさんの矢とか剣とかを防げないんですから。それに、そもそもナイフの使い方もよく分かりませんし」

 しかしそう思っていると、アダーラは深呼吸した後で俺の質問に答えた。
 うむ、何だかんだで真面目に考えててくれたか。

「だろ? だから、そのやり方を覚えてもらわないと困る訳だ。実際、俺も師匠に随分と叩き込まれたからな」
「……出来ますかね?」
「やる前から諦めなければな……そう、諦めなければ」

 不安そうな彼女に、俺はそう答えを返す。
 俺の場合は諦めが許されなかったのもあるが、それでも何度も諦めそうになるような凄まじくハードな修業を積まされた訳だ。
 実際、槍ヶ岳の支援が無かったら俺は何度死んでいたか分からない。
 風龍の山でのワイバーン戦なんて、少なくとも二十回は致命傷を負っているはずだ。
 もちろん、あんな無茶な修業は出来ないが、それでも俺にはそんなやり方しか分からない。
 ……正直、教える俺の方が不安だ。
 そんな俺の心境を察したのか、アダーラは首をかしげた。

「スバルさん?」
「あ~……先に言っておく。俺は特訓のやり方を一つしか知らない。そして、それはかなり厳しいものになる。それでも良いか?」
「は、はい! 宜しくお願いします!」

 俺の言葉に、アダーラは力強くそう答えを返した。
 ……あ~、気が重い。
 こう答えられたら、もうやるしかない。
 いや、だがこれも修行だ。

「……分かった。だが、正直心配なことがあってな」
「はい?」
「……俺のこと、嫌いにならないでくれよ」
「っ!?」

 どういう訳か、俺の発言を聞いてアダーラは口元を押さえて大慌てで後ろを向いた。
 ……俺、何か変なこと言ったか?

「……おい。何だその反応は?」
「い、いえ、まさかスバルさんからそんな言葉が出てくるなんて……」
「あのなぁ、いくら人間不信で裏切りには備えてるっていっても、嫌われるのはそれなりに堪えるんだぞ? 最初は警戒したが、割と気に入ってるんだぞ、アダーラのこと」
「っ……くぅ~!」

 今度は手で顔全体を覆って後ろを向くアダーラ。
 余程耐えられないのか、その場で激しく地団太なんて踏んだりしている。
 あ~! もう訳が分からん!

「だから何なんだよ、その反応!」
「何でもないです!」

 アダーラは顔を真っ赤にして、少し息を荒げながら強くそう言った。
 ……本当に何なんだよ、その興奮冷めやらぬと言った感じの笑顔。
 あれか? 俺にツンデレの要素でも見出したのか?
 ……自分で想像して気持ち悪くなった。この思考は破棄だ。
 それよりも時間は有限だ、早速訓練に移るとしよう。

「それで、何をするんです?」
「まあ、俺に教えられることはそう多くないが、基礎知識からな。まず、一番注意しなきゃならんのが、ナイフは刃渡りが短い。つまり、相手に腕を掴まれて、自分の武器を奪われる可能性があるってことだ」
「ふむふむ」
「次に、基本的にこの手の武器は相手にトドメを刺すような武器だ。騎上の相手を下に引きずり降ろしたり、組み伏せたりして急所を狙う。大体、こういう時は鎧の隙間なんかに刺して使う。まあ、ナイフも種類が色々あるから、用途に応じてあったのを使えば良い」
「どんなのがあるんですか?」
「そうだな……ざっと見たところ、そう言ったダガーもあれば、スティレットみたいな刺突専用や、パリーングダガーみたいな防御用もあったな。まあ、実物を見た方が早いから、この話はまた今度だ」

 短剣類、と言っても種類は様々だ。
 さっき挙げたスティレットや匕首の様な刺突用の短剣だが、こいつらは暗殺者御用達の物で、スティレットなんかは市街での携帯を禁止されたことがあるレベルだ。
 それ以外にも、こいつらは皮鎧やチェインメイルなんかを貫通出来るため、プレートメイルなどの隙間に差し込めば十分な威力を発揮できるのだ。
 パリーングダガーの方はこれだけじゃピンと来ないだろうが、こいつの仲間にはソードブレイカーやマン・ゴーシュみたいな有名どころもある。
 早い話が、パリーングダガーとは相手の剣を受け止めるための短剣の総称なのだ。
 これを使う場合、もう片方の手に本命の武器を持っている場合が多い。
 マン・ゴーシュなんかはフランス語で「左手用短剣」と言う意味だから、そもそもが二刀流を前提とした武器なのだ。

「そうなんですか……他に大事なことはありますか?」
「忘れちゃならんのが、こういった物は大体が補助的なものとして作られてるってことだ。これ一本で真正面から剣や槍に勝つのは、相当な手練じゃないと無理だ。逆に、持ち運びが簡単で隠しやすいから、不意打ちや暗殺がしやすい。護身とはまた違うが、それは覚えておいた方が良いな」
「じゃあ、どうするんです?」
「さっきも言ったとおり、これは相手を攻撃する時はほぼトドメ専用みたいなもんだ。だから、相手を組み伏せたり、的確に急所を狙う必要がある。だからナイフを使うことよりも、メインは体術と相手の攻撃を防ぐことを覚えてもらうことになる」

 当然ながら、剣とナイフではリーチの分だけ剣の方が有利だし、槍や弓が相手だとなおさらのことだ。
 確かに懐に入り込んでしまえばこっちのものなのだが、そこに至るまでが最も難しい。
 師匠は容易くやってのけるが、あれは技術以前に速度が異常なので全く参考にならん。
 明らかに弓の間合いなのに、こっちが矢を番えた時にはもう鼻歌交じりに俺の腕を掴んでいるのだから、もう意味が分からない。
 そう言う訳で、これに関しては俺も実戦で修業を積むしかなかったという訳だ。

「と言うより、実際にやって覚えた方が良いな。そら」

 そう言いながら、俺は手元のダガーをアダーラに渡し、自分の分のダガーを抜く。
 すると、アダーラは目を丸く見開いた。

「え、早速ですか?」
「……俺が心配していたことの意味を教えてやる。これから、俺はアダーラを傷つける」
「え、ええ!?」

 俺の修行内容を聞いて、アダーラは明らかに困惑した表情を見せる。
 ……これは、アダーラの修行ってだけじゃない。俺の修行だ。
 もちろん、アダーラにそう言った恐怖に打ち勝ってもらうための修行でもあるが、親しい相手を敵にした時に躊躇なく攻撃出来るかどうか、俺にとってはそう言う意味の訓練だ。
 いざと言う時に、相手によって刃が曇るようでは、いつか命取りになるだろう。
 これはアダーラにも言えること、非常事態に躊躇なく相手を斬れる精神力を身につけてもらわねばならない。

「闘技場の中だから死ぬこともないし、傷跡も残らない。だけど、攻撃を受けた痛みは実戦と変わらない。だから、俺を殺すつもりでかかって来い」
「そ、そんな……」
「出来ないって言うなら、それでも良い。だが、それなら俺に教えられることは無い。やるかやらないか、ただそれだけの選択だ」
「……やります。例えどんなに痛くったって、耐えて見せます!」

 俯いて大きく深呼吸した後、アダーラははっきりとそう答える。
 そのまなざしは強く、梃子でも動かないような意思が感じられるものだった。
 それを受けて、今度は俺が大きく深呼吸をする。
 普段戦わない彼女にこれほどの覚悟があるのだ、自分がこれに負けていては話にならない。
 ……俺にはやるべきことがある。その為の手伝いをしてもらうぞ、アダーラ。

「……そうか。じゃあ、始めようか」
「はい!」

 そこから、訓練が始まった。
 構え方や効率的な攻撃方法なんていう理論を教える能を俺は持っていない。
 だから、俺は思うままに身体を動かすだけだ。

「せりゃっ!」
「きゃっ!?」

 まずは手始めに相手の手に蹴りを入れて、ナイフを弾き飛ばす。
 アダーラはそれに反応しきれずに、蹴られた手を押さえた。
 その間に、俺はアダーラの腕を掴んで引きよせ、首にナイフを突きつけた。

「あっ……」
「実戦だったら死んでるぞ、アダーラ。手をさすっている暇なんて無いぞ」

 そう言った後で、アダーラから手を放す。
 すると、アダーラはよろりと体勢を崩しかけたが、頬を張ってナイフを拾いに行った。

「次です!」

 アダーラはこちらにナイフを向け、そう叫ぶ。
 それに対して、俺もアダーラに向きなおる。

「なら、行くぞ!」
「はい!」

 俺はアダーラとの間合いを一気に詰める。
 すると、アダーラはその俺に対してまっすぐにナイフを突き出してきた。

「えいっ!」
「甘い!」
「あっ!?」

 突き出されたナイフを躱し、相手の勢いを利用した一本背負いでアダーラを投げる。
 そうして倒れたところに、俺は再びナイフを首に突き付けた。

「くっ……もう一回です!」

 しかしアダーラはナイフを突き付けられた状態でそう言い放った。
 ……訓練だと思ってそう言ってるんだろうか。
 いや、まあ仕方が無いさ。
 効率的な訓練のためには、あまり早々に再起不能にするわけにはいかない。

「さあ、どんどんそちらから仕掛けて来い」
「はい!」

 俺はナイフを相手に向けながら、アダーラにそう指示をする。
 アダーラもそれに応じて、俺に攻撃を仕掛けてくる。

「やっ、ふっ、はあっ!」

 アダーラは突いたり薙いだり、思い思いにナイフを振り回してくる。
 ふむ、どうやら俺のナイフを持っている腕を狙いに来ているようだ。
 最初にナイフを蹴り飛ばされたのが余程印象に残っているようだ。
 それに対して、俺は左右に身体を動かして軸をずらし、ナイフで軽く触るようにして相手の攻撃を受け流していく。
 真正面で受けず、相手に空振りをさせていくやり方だ。
 本来ならばその隙をついて攻撃をするのだが、それはしない。
 言葉では上手く教えられないが、俺の避け方を身をもって知ってもらおうというやり方だ。
 槍ヶ岳の教え方もそうだった。
 実際に技を受けて、その時の感覚や相手の動きを見て覚えて体感させ、それを様々な条件を付けて実践させる。
 そして、それが出来なければ死ぬか、死ぬより酷い目に遭う。
 だから、俺は死に物狂いで修業を重ね、多少は強くなった。
 俺がアダーラを鍛えるために出来ることは、これしか出来ないのだ。

「はっ!」
「うわっ!?」

 右から左へ横に薙いだ一撃をそれに合わせて左に押し込み、俺自身は右に回り込んでかかとに足払いを掛ける。
 ナイフを流される勢いに負けてよろけていたアダーラは、足払いで仰向けに倒れることになった。

「きゅぅ……」

 見ると、アダーラは目をまわして倒れている。
 受け身を取り損なったのだろう、頭を強く打ったようだ。

「おい、しっかりしろ」
「う~ん……いたた……」

 俺が声を掛けると、頭を押さえながら何とか立ち上がってきた。
 どうやら、まだやる気らしい。
 が、ふらついているこの状態で長く続けるのは得策では無かろう。
 なら、これで終わりになるようにしてしまえ。

「次は俺から行く。避けてみろ」
「は、はいっ!」

 ふらつきながらも、しっかりと俺に向けてナイフを向けるアダーラ。
 俺はそれに対してまっすぐに、一息で間合いを詰めていく。

「くっ……」

 それに対して、アダーラは腕を取られるのを警戒したのか手を引き、後ろに下がる。
 だが、俺の狙いはそこじゃないし、まっすぐ下がったのが命取りだ。
 前に進む勢いをそのままに深く体勢を沈みこませ、すれ違いざまにアダーラの脚を狙う。

「そらっ!」
「きゃっ……」

 確かな手応えを手に感じて、俺はアダーラに向きなおる。
 見ると、アダーラは切りつけられた太ももを押さえて倒れていた。

「っ……ううっ……」

 深く斬りつけられた白い太腿からは、赤い血があふれ出している。
 彼女の額からは玉のように汗が吹き出し、顔は苦悶に歪んでいる。

「……まあ、そうだよな……普通、脚を斬られたら立てないもんな」
「うっ……ひっくっ……くっ……」

 俺がそう言っている間に、アダーラは何とか立ち上がろうとする。
 地面に涙を落としながら懸命に努力するが、脚に力が入らずに何度も倒れる。
 これではとても戦いどころでは無いだろう。
 そもそも、あれだけ深く斬りつけられたら間違いなく戦闘不能だ。
 早く傷をふさがないと、失血死をしてしまうような深手だ。
 それでも立ち上がろうとするのだから、凄まじい根性ではある。

「しばらく休憩だな。その傷だと、実戦なら致命傷だ」
「うっくっ……」

 俺の一言に、張っていた気が抜けたのかアダーラはその場に倒れ伏した。
 出血量が多いのと、痛みのショックで気を失った様だ。
 それを見届けると、今度は俺がその場に座り込んだ。

「……くっ」

 手の震えが止まらない。心臓の音がやけにうるさい。
 俺は今まで、人間を相手に戦ったことが無かった。
 槍ヶ岳と通って来たルートは、盗賊はおろか冒険者すら避けて通るような道、人間に出会うことすらなかったのだ。
 つまり、訓練とは言え対人戦は初めてなのだ。
 その俺は今、この手で初めて人間を斬りつけ、致命傷を負わせた。
 それも、ある程度親しい間柄の人間だ。
 ……ああ、吐き気がするほど気分が悪い。
 何と言うか、やってはいけないことをしてしまったという罪悪感の、非常に重い感情だ。
 オークみたいな人型の魔物をさんざん相手にしておきながら、人間相手にはこうなってしまうのか?
 しかもこれ、闘技場での訓練だぞ? 死なないと分かってるのに、これか?

「……はっ」

 ……いや、こんなことでどうする。
 こうなるかも知れないと思っていたからこそ、わざわざアダーラにこんな練習を持ちかけたんじゃないか。
 本当は、俺が相手をするにしても本物のダガーを使う必要はない。
 でも、俺だって一人旅をしなきゃいけない以上、いつかは人間を相手に戦わなければならない時が来る。
 その時に見知った顔が俺の命を狙いに来る可能性が、全くないわけでもない。
 ならば、それを乗り越えられる心が欲しい。
 この程度でへこたれている訳にはいかないのだ。
 吐き気を飲み込み、大きく息を吸い込みながら立ち上がる。
 そして気持ちが収まるまで息を止め続け、苦しさと共に息を吐き出した。

「ふぅ……さてと……」

 ある程度落ち着いた俺は、闘技場の台座のコインをはずす。
 すると一瞬濃霧が掛かった後に、闘技場がベンチのある控室へと姿を変えた。
 アダーラの姿も一瞬見えなくなったかと思うと、いつの間にか傷一つない状態でベンチの上に横たわっているのだった。

「う……ん……?」

 傷が全快したせいか、アダーラはすぐに目を覚ました。
 起き上がると、彼女は自分の怪我を確認し、大きく息をのんだ。

「あ、あれ? 私、確かに大怪我をしてたのに!?」
「いや、アンタ闘技場じゃ怪我しないって知ってるだろ……」
「い、いえ、実際に体験するのは初めてなものでつい……」

 慌てふためく彼女に俺が一言言うと、今度は恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべた。
 ……はあ……なんかさっきまでの葛藤が馬鹿らしくなってきた。
 闘技場じゃあ死なないんだし、この機会に追々慣れていくことにしよう。
 例え実戦とは違えども、予行演習くらいにはなるだろうしな。

「……で、実際に俺の技を受けてどうだった?」
「ええっと……よく分からなかったですけど……スバルさん、あんまり最初からナイフで攻撃しないですよね?」
「じゃあ、俺が防御に回った時は?」
「何と言うか……スバルさんが右や左に避けてるのは見えましたけど……あ、そっか。あの時後ろにまっすぐ下がっちゃったから斬られちゃったんですね、私」

 俺が感想を聞くと、アダーラは自信が無さそうにそう答え、最後に関してははっきりと答えを出した。
 ……いや、貴女ナイフで戦うの初めてですよね?
 もっと余裕が無いものかと思ってたけど、存外冷静でしたよ、この子。
 さて、次の質問が一番大事だ。

「……嫌になったか?」
「……いえ! まだ頑張ります!」

 俺の質問に、アダーラは力強く答える。
 その目は闘志に燃えており、訓練を始める前よりも力強いものだった。
 ……なら、俺も応えないとな。

「よし、体力が回復したらもう一回やろうか」
「はい、お願いします!」

 そうしてしばらく休憩すると、俺達は何度も訓練を重ねたのだった。



「よし、今日はここまでにするか」
「はい、ありがとうございました……」

 十回ほど訓練を繰り返し、ベンチに座っている俺の横で寝そべるアダーラに訓練の終了を言い渡した。
 とどのつまり、アダーラは今日十回も戦闘不能に陥った訳だ。
 当然それだけ痛い目にも遭っているはずだが、彼女の心は折れなかったのだ。
 いや、凄まじい根性ですよ、本当に。
 腕、脚、腹、背中と、結構攻撃当ててたし、実際死んでもおかしくない様な怪我してたんだぜ?
 それでも泣きながら何度も何度も立ち上がろうとするんだから、逆にこっちの心の方が折れそうになる。
 実際、俺はまだ喉や心臓みたいな急所には攻撃できなかった。
 死なないと分かっていても、どうしても殺すことが出来なかったのだ。
 ……いや、今は俺の甘さを省みる時じゃないな。

「しっかし、なかなかに根性あるよな、アダーラ。あれだけ痛い目にあったら、普通は諦めそうなものなんだが……」
「……だって、やっとチャンスが出来たんですから」

 俺のつぶやきに、アダーラが仰向けに寝そべったままそう答える。
 それが気になって、俺は彼女に問い返した。

「チャンス?」
「私、小さい頃から本当は姉さんと一緒に冒険に行きたかったんです。姉さんは昔から歴史が好きで、考古学者になりたくていっぱい歴史と魔法を勉強してましたから。でも、姉さんがやっと好きな仕事に就けたって時に、両親が盗賊に襲われて……それで、姉さんのお世話をしてるうちに、気づけばこうなってたんです。本当は、もう冒険者になるって言うのは諦めてたんですけどね」

 アダーラはそう言って苦笑いを浮かべる。
 う~む、これは俺聞いてよかったんだろうか?
 両親が盗賊に殺されるって、なかなかに重い話だと思うんだが……
 そう内心困惑していると、アダーラがまっすぐに俺を見つめているのに気が付いた。

「でも、同い年のスバルさんはほんの数か月前に冒険を始めて、今の強さになりました。だから、今からでも遅くはないんじゃないかなって思ったんです」

 今からでも遅くない、ね……
 確かに、冒険者になるのは遅くないのだろう。
 と言うか、職人がある程度技術をつけてから冒険者になる例を考えれば、むしろ早いくらいかもしれない。
 だが、俺を見て出来ると思ったのならそれは大間違いだ。
 俺は守護神の加護を受けた上で、極上の師と出会い、様々な幸運の元で今の強さになったのだ。
 それで出来るかもと思ってしまったのなら、やめておいた方が良いと言わざるを得ない。

「もちろん、スバルさんが特別なのは分かってます。だけど、何だかスバルさんってそれだけで強くなったって感じじゃないんですよね。何かこう……執念と言うか、情熱と言うか……そんなものを感じるんです」

 そう思っていると、彼女はそう話を続けた。
 ……まあ、間違ってはいない、かな。
 俺も勇夢を探すって言う目的があるからこそ強さを求めている訳だし、そう簡単にやる前から諦めるものでもない。
 俺に執念があるというのは、あながち間違いでは無いのかもしれん。

「だから、私はもう諦めません。スバルさんみたいに強くなろうと思ったら、スバルさんの何倍も執念深くなれば良いと思うんです。誰が何と言おうと、もう曲げませんから」

 アダーラは最後にそう力強く言いきった。
 ……いかん、大丈夫かな、この人。
 いや、その強い意志は見上げたものですよ?
 けど、こういう人って諦めが悪すぎて、退かなきゃいけない時に退かずに戦って死にそうな感じがするのですよ、ワタクシ。
 特に元の能力が変に高いせいで、変な自信がついてしまいそうで非常に怖い。
 う、う~む……こういう時、何と言ったら良いのだろうか……
 俺の師匠なら、自信がついてきたところを折れない程度に叩き潰してくれたが……

「あの……どうして頭を抱えてるんです?」
「いや、何でもない。冒険者になるのを俺は止めはしないさ。ただ、一人で勝手にギルドの依頼を受けたりするなよ?」
「はい?」

 俺の言葉に、キョトンとした様子で首を傾げるアダーラ。
 どうやら、どうしてこんなこと言われたのかよく分かっていないようだ。
 うん、この子が暴走しない様に、ちゃんと見ていよう。
 そうでないと、アルドラに申し訳が立たん。
 はぁ……大丈夫かな、この多方面暴走特急娘は。

「んっしょっと」

 そう俺が頭を悩ませていると、アダーラは俺の太ももの上に頭を乗せてきた。
 いわゆる、膝枕と言う奴である。

「せめて、断りくらい入れろよ」
「……そんな貴方が大好きですよ、スバルさん」

 俺が苦言を言うと、何やら満ち足りた様子で微笑みながら、アダーラは俺の頬に手を伸ばしてきた。
 ……凄く、ぞくぞくする。
 というか、スピカと言い、アルドラと言い、最近どうにもラヴコメ臭が強すぎる。
 何と言うか、好意があるのだろうことは分かっているのだが、恥ずかしさやらなんやらで未だに慣れない。
 特に直接お互いの肌が触れ合うようなことは、手を繋ぐことすら背中がぞわぞわする。
 ……なんか、悲しいほどに慣れてないな、俺……

「少し、寝てろ。起き上がれないくらい疲れてるんだろ」
「……は~い」

 気恥しさからぶっきらぼうになってしまった俺の言葉にも、アダーラは嬉しそうに目を細めて笑って言われた通りにする。
 ……何と言うか、全て見透かされているような気がする。
 あ~あ、結局男ってのは女にゃ勝てないんかね。
 でもまあ、それも悪くないのかもな。
 粟生みたいに死ぬほど重たい愛情をぶつけられてる訳でもないしな。
 さてと、俺もこのまましばらく寝るとするか。
 いつもと違うことして、少し疲れたことだしな。




 しかし、残念ながら俺は休むことは出来なかった。

「……あっ、んっ……スバルさん、そこ……いい……」
「……眠れん」

 俺の膝の上から、甘く蕩ける様な声が聞こえてくる。
 俺と情事に励んでいる夢の寝言を聞かされるとは、どんな拷問だよ……
 くそっ、エロい声出しやがって……性欲を、持て余す……
 その内終わるだろうと思って目を瞑っていたが、もう既に十五分は続いている。
 せめて、寝言に出さんでそのまま夢の中にしまっておいて欲しいと切に願う。

「はっ……ふぁ……ふ、ふふっ……良いですよ……もっと、激しくして……ひぁっ……❤」

 悶々としている俺のことなど一切気にせず、アダーラは何やら囁くように凄まじいことを口走りながら、恍惚の表情で身をよじる。
 うおおおお、色欲退散色欲退散!
 夢の中で俺に何させてんだよ、このエロメイドは!?
 本当に勘弁してくれよ……俺だって男なんだ、流石に可愛い女の子にこうまでされると色々と来るものがある。
 だが、それを悟られた瞬間俺は終わる。
 こちらが手を出さなくとも、俺がアダーラに襲われかねないのだ。
 そうなってしまえば、少なくともスピカは絶対に黙ってはいまい。
 アルドラだって、遺跡での一件があるから油断は出来ん。
 最終的に三人に仲良く頂かれてしまうことになりかねんのだ。
 そして女三人に雁字搦めにされて、ざんねん俺の冒険はここで終わってしまったなどという事態になるのは明白だ。
 ああもう、何なんだこのエロゲ展開!
 ネットでこんなこと書いたら十中八九「童貞乙wwww」って草生やされるわ!
 はぁ……何で男の俺が自分の貞操を心配せにゃならんのだ……

「あんっ、あっ……んぅ~~~~~~!」

 膝の上から、嬌声と共にびくりと震える感触が伝わってくる。
 ……もう怖くて直視できん。
 今のアダーラはとてもとても俺の精神衛生に宜しくない。
 これで終わって大人しくなってくれれば良いんだが……

「はぁ……ぁん……まだ、良いですよね……?」

 しかし、桃色の吐息を吐き出す彼女は俺の思う通りになってくれないらしかった。

「……………………」

 しばし、絶句。
 ……もう仕方がない、これ以上は俺が持たん。
 俺は右手を強く握りしめ、大きく振りかぶった。





* * * * *

 お待たせしました。
 と言う訳で、アダーラさんの教育の開始です。
 もちろんスバル君の目的は、たとえ相手が親しく可愛い女の子であろうと殺す覚悟を覚えること。
 こんなこと描いている私からしても、そこまでやるかって言うことですね。
 けどまあ、強い覚悟を持った人間ならそれくらいのことはやるのでしょう。
 フランシス・ドレイクだって、途中で親交の深かったトーマス・ドウティを目的のために処刑しているくらいですし。

 一方で、アダーラさんは完全に火が付いてしまいました。
 スバル君との違いは、やらなきゃいけないからでは無く、やりたかったが抑え込んでいたことが爆発した、と言ったところでしょう。
 障害となっていた姉の世話という点も自身の能力やスキルの向上で余裕が出来、その上来てすぐに活躍し始めたスバル君の存在で諦める理由が薄まりましたからね。
 だから、最初のやる気がスバル君よりも段違いに強いです。
 もっとも、それがまたスバル君の心配ごとの種になっているのですが。

 ……しかし、何で私の描くメイドさんはどいつもこいつもダメイドになってしまうのだろう?
 暴走メイドのソレイユさんに続いて、アダーラさんもエロメイド言われてるし。

 では、ご意見ご感想お待ちしております。
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~ Comment ~

 

顔見知りを倒す訓練か...まあ贄川やらなきゃいけないかもしれない訳ですもんね...でも実戦だったらタヒんでいるとか言えるあたりまだまだ甘いのかな?って感じですなぁ
ダメイド...ちぇいさーさんの本職だし書きやすいのかな?こんな時間に誰だろう...
今回もお疲れ様でしたー(遺言)

NoTitle 

>乙さん
まだまだ甘い、と言ってもこういうことを考えるあたり少し根詰め過ぎなところもありますね。
それから・・・・・・まあ、屋上へ行こうか。
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